2017年3月14日火曜日

天壌無窮の皇運を扶翼すべし

FBに短文を投稿しようかと思ったけど、ここは一発話題の教育勅語を考察してみようか。

12の徳目が素晴らしいから教育勅語は正しいんだという論調は全く問題ないんだが、教育勅語が気に入らないと言っている人達が一番気に入らないのは
「天壌無窮の皇運を扶翼すべし」
ここでしょう?

ここを論じることなくしては、議論にならないわけだ。
正面突破しようか。
この一文の前にある
「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」と繋げて

「国が危機的状況に陥ったら自らを犠牲にして天皇陛下のために死ね」
と訳して、軍国主義だ〜〜〜とやるわけだ。

「一旦緩急あれば」はまさしく「国の」とは明記していないものの、確かに「危機的状況」には違いない。
「義勇公に奉じ」はもちろん「勇気を持って公の為に尽くしなさい」となる。

「以て」それにより
「天壌無窮の」天地に永遠に続く
「皇運を」後に回す
「扶翼すべし」助けなさい。

ここで皇運をどう捉えるかが問題だ。
皇=天皇陛下と捉えれば
皇運、即ち陛下の運、運命ないしは皇室の運という事になる。

************
よく考えてみてくれ
この教育勅語は
「朕おもうに我が皇祖皇宗「国」をはじむること広遠に
徳をたつること深厚なり」

皇祖:天照大神
皇宗:神武天皇以降歴代の天皇
は、遠い昔に日本国を建設され、代々その徳は深く厚いものだった。

つまり「国」を語るところから始まっている。
そして以下のように続く

我が臣民(略)億兆心を一にして代々(よよ)その美をなせるは
これ我が国体の精華にして教育の淵源また実にここにそんす

日本国民は全国民心を一つにして代々その美しさを体現してきたのは、これはこの国の在り方そのものが発露したものであって、正に教育の根がそこにあるのです。

となる。

その後12の徳目が列挙されるわけだが、
なぜ国家を語るところから始まって
一旦緩急あれば、の段に突然天皇陛下お一人のことに話が変わるのか。
全体を読めば「天皇のために死ね」と解する事のおかしさが分かる。

この場合皇運とは皇国の運命と訳すべきで有り、即ち日本国の運命という事になる。

よって「緩急」とは単なる危機的状況ではなく
国家を揺るがす一大事に於いては、と訳すべきで有り、
義勇公に奉じ:その際には自らを顧みず皆のために全力を尽くし、
これをもって
天壌無窮の:天地に永遠につづく(べき)
皇運を扶翼すべし:日本国の運命を助けよ。

となる。
陛下だけ守って国民が居なくなれば、これは国ではなくなる。
公に奉じておいて、陛下だけの運命を守れ、では辻褄が合わない。

6年前の東日本大震災のおりに自衛隊の方々は、自分たちも余震に脅かされいつまた周辺の瓦礫が崩れ自らも二次被害に遭うかも知れないという状況にありながら、必至に行方不明者の捜索を行い、一人でも多くの被災者の命を救おうとしてくれた。

もちろん先の大戦の折にも、硫黄島に向かった兵士達は自らが生きて帰って来れないことは重々承知していた。しかしながら硫黄島が獲られればそこから本土に空襲に向かう爆撃機が飛び立つことが出来る事も知っていた。だからこそ、彼らが一日でも長く抵抗することが本国の愛する家族を守ることになる。だから5日で占領出来ると考えていたアメリカに対して1ヶ月以上も粘り続ける事が出来た。

昨今日本の道徳心が低下した等と言われるが、私は、日本人の心は根底では変わっていないと思っている。

話がずれた。
*************************
皇運=日本国の運命

を理解するためには、そもそも天皇陛下と我々臣民(国民)との関係を理解している必要がある。

仁徳天皇の民の竈の話は有名だ。
日本独自の伝統~仁徳天皇
詳しい内容は上記リンクに譲る。

臣民(国民)の竈から煙が出ていない、すなわちご飯が食べられていない事を知り、年貢の徴収をとりやめた。おかげで皇居に雨漏りがするほど貧しくなってしまった。この事を苦にした皇后陛下に対し

臣民(国民)が貧しいことは自らが貧しい
臣民(国民)が富めるときは自らも富んでいる

と答えられた仁徳天皇。
そして、竈に煙が戻り充分食べられるようになった人々は、
陛下の心に答えて自ら集って皇居を治した。

という話。

この話が事実かどうかは些末な問題だ。
それ以上に1300年近く前に編纂された日本書紀に書かれたこの話が、以降1000年以上の長きにわたって日本で語り継がれ、模範とされてきた事実が重要だ。

日本に於いて天皇陛下と我々国民の関係は、互いにその幸せを願い、助け合う存在だという事。時に人はこれを親と子になぞらえて語る。

陛下は国民を「たから」とよび我々は陛下を敬う。
この陛下と国民との関係を理想として、我々はこの国を代々継承してきた。
この関係は住民を自らの富のために搾取してきたヨーロッパの王の姿とは大きく異なる。結果フランスでは革命が起こり王が処刑される。

時にそのような理想的な天皇陛下に恵まれなかったことも歴史の中にはあったかも知れない。
それは正に夫婦と同様、仲むつまじい夫婦という理想を追いかけながら、現実は夫婦喧嘩もし、日々の様々な問題を乗り越えていく。
同様に、陛下と我々国民の間も長い歴史の間に於いて理想通りに行っていない時期もあったかも知れないが、それでも理想的関係を模索しながら切磋琢磨してきた歴史なのではないだろうか。
そう考えると、現代の我々国民のありかたは、はたして理想的姿を体現出来ているのか、幾ばくかの疑問が残ることを否めない。

また話がそれた。

天皇陛下の国民への思いは今も変わらない。
国民に知ってほしい陛下の祈り
詳しくは上リンクに譲るが、陛下は元旦早朝より日本の国の平穏を願い祈りを捧げる。
また、毎日祈りを捧げてから一日を始められるそうだ。

国民の平和と繁栄を第一に思う陛下だからこそ、日米開戦に最後まで反対されたのは他でもない天皇陛下だった。
大東亜戦争開戦前の御前会議
上リンクより引用
昭和16年9月6日、日本は昭和天皇の前で御前会議を開きます。その席で昭和天皇は、「外交が主か、戦争が主か」と閣僚たちに尋ねられました。
及川海相が「重点は外交にある」と答えました。
すると昭和天皇は、懐から紙片を取り出され、御自らお詠みになられた。
 よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風の たちさわぐらむ
四方の海は、みんな同じ人間、同じ家族であり兄弟であると思うのに、なぜ争いの波風が起こるのだろうか。そう詠まれたこの歌は、明治天皇の御製です。
昭和天皇のこのお言葉に、列席した閣僚たちは、全員、ただうなだれるより言葉がなかった。しばらくの間、誰もがうつむき、言葉を発する者さえなかった。


そして終戦を決断出来なかった政府に、終戦の聖断を下したのも陛下だった。
上リンクより引用
そして、いまにして思えば、終戦ができたのも、一に天皇陛下の御仁徳のおかげであった。陛下の真のご信念はいつも平和にあった、ということを、私はそのときほど強く感じたことはない。戦争終結の動機も、実にそのご信念から発したものであった。

陛下は常に国と国民の平和と繁栄を望み、その為に祈っている。
だからこそ我々は陛下のため、即ちこの国のため、この国に住む家族全ての同胞の為に資力を尽くす。
これを君民一体という。

これが理解出来れば、
皇運がすなわち我々全て日本に住む国民の運命だという事が容易に理解出来るはずである。
*******************
最後に教育勅語のそもそもの在り方を好く現していると思う末尾を語って締めくくろう。

この道は(略):即ち12の徳目
古今につうじて謬(あやま)らず:昔から今に至るまで変わらないことで
中外にほどこして悖(もと)らず:外国の人達に伝えても正しいことです。

「朕汝臣民と共に拳々服膺して
みなその徳を一にせんことをこいねがう」

私は、あなた方国民と共にこの正しい道理(12の徳目)を両手で大事に抱くように大切にしします。だから我々みながこの徳を一緒に体現していくことを願ってやまないのです。

教育勅語を支配者である天皇が従属者である国民に対して、あたかも命令のように下したものであると主張する旨が如何に根拠のないものか、この最後の一文を理解すれば良く分かると思う。

2017年2月26日日曜日

保育所保育指針(案)

国会の場でやれ国旗が国歌がと大騒ぎしてる国会議員がいるみたいだけど、
今回改正される保育所保育指針(案)を読んでみた。

随分色々な箇所が変わってる。
3歳以上の内容が幼稚園の指導要領と全く同じになったこと。
そのぶん3歳児前の内容も分けて書かれ、より細かく指導されている感じ。
実際の運営内容が幼保一体化に向けて整理されてる。

ここが今回の改正のキモだろうな。さらなる幼保一体化。そして保育所における教育内容の整理と充実。保育所を出ようが幼稚園を卒業しようが、同じレベルの教育を受けた子供を小学校に送る。ここね。

これによって小学校との連携など、過去にはなかった記述が随分加えられているし、就学前教育終了時点での、あるべき子供の成長状態が明確にされてる。

あとは細かなところで、長時間保育を望む親や、就労形態などによるニーズの多様化に関する言及や、「保護者の子育てを自ら実践する力の向上」なんて文言も付け加えられている。

それから職員の資質向上に関しても随分加筆されて、責任の所在が明確になっている。
施設長の責務も増えた。研修の機会の確保なんかは施設長の責任になってる。

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なんで上っ面の目立つところだけ引っ掻き回して、もっと具体的な内容に踏み込んで議論をしないのかねぇ。

参考のために、改正案と現行の保育所保育指針両方リンクを貼っておきます。
保育所保育指針 改正案
現在の保育所保育指針

それからこれも今回改正される幼稚園教育指導要領(案)も貼っておきます。
一部保育所保育指針と全く同じ内容が記述されていることが確認できます。
幼稚園教育指導要領 改正案

2017年1月20日金曜日

ペンキ持ってきてもらう代わりに保育士さんと合コンってwwww

毎月恒例のPPP/PFIスクール。今回で第8回。あと4回でおわりやなぁ〜。
今回は公的不動産の民間活用における不動産証券化の手法に関して国交相の人からの説明があったあと、流山の元市の職員から、彼が携わったという小規模のPPPのあり方に関して事例を交えて紹介があった。

PPPとは、時系列でいけばPFI法のあとから出てくるわけだけども、民間との連携という意味でPFI法に基づかなくても、もう少し広い枠で協力関係ができたらという感じの考え方。

PPP(Private Public Partnership)の略で、民間と公共の協力関係とでも訳したらいいのかな。

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面白かったのが、貝塚市の事例。
保育所園舎の塗装改修。
全部業者にお願いしたらとてもじゃないけど予算オーバー。
でも塗装しなおさなきゃならない。
で、保育士に指導をしてくれ。でもってその際にちょっと余分目に塗料も持ってきてよ。
指導してもらったら保育士たちが残り自分たちでやるから。
という市からの提案。
このままなら塗装業者にとってはちっとも美味しくない。メリットなし。

事業提案として
省コストでの改修
施設所管課の管理ノウハウの向上
塗装業者との信頼関係の構築

3番目の信頼関係の構築ってなによ、って
保育士さんとの合コンセットアップします
だってさwwwwwww

賢い!

もちろん保育士たちもお昼の休みの間に塗り直しをしたりして、時間を有効に使いながら、園児も昼寝で起きたら園が綺麗になってる!
とか、保育士たちの園舎への関心、愛着もアップする。とか色々他メリットもある。

柔軟な発想で、関わるものすべてが納得してメリットを感じられるアイデアと交渉が、これからの自治体運営には必要だということ。
合コンよりもそっちの方が大事なんです。

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彼が関わったという流山の事例も一つ
昭和62年築の作業員の詰所、プレハブ。
錆びてボロボロに。
リース会社に改修を頼んだら、
いやぁ〜あんたたちがちゃんと補修をしないでボロボロにしちゃったんでしょ?直せませんよ。新しいリース契約してくださいね。
と来た。
新たな10年契約で4000万、移転やなんやかんやでプラス500万の仕事。

そこで、地元の工務店さんたちに聞き取りをする。
そしたら、
え?うちで全然直してやるよ!
みたいな。結果330万の改修を予算計上。
4000万ちょっと浮かした計算。

賢い。
****************

PFIっていうと、今まで見てきた事例も含めてイニシャルコストが10億からとか、大きな事業に話がいきがちだけど、その根本にある精神は、金額の大小ではなくいかに賢くマネージメントをしていくか。
その中で、役所のなかでいいアイデアが出てこなければ、どんどん民間に意見を聞く「サウンディング」というプロセスが大事である。今のトレンド。
これが今回のポイント1。

その上で、民間から提案をもらったら、彼らのアイデアすなわち知財は守ってやらなければならないというルール。これがポイント2。

民間からの提案があまり活発でないのは、せっかく提案を持っていっても、
そのアイデアをそのまま仕様書に書かれて、一般競争入札でやります
なんてやられたら、せっかくお金と時間をかけて市場調査をして提案をしていっても、落札できる保証がない。むしろ調査にお金をかけた分だけ応札価格が上がれば、調査をしていない他社に勝てるはずがない。

このため流山では、アイデアつまり知財を買うんだという考えのもと、独創性が高く市の利得が高い提案に関しては随意契約が行えるようにしたという。

流山の例
下水道事業かが入っていた第3庁舎、これを他の第1庁舎と第2庁舎を整理して空っぽにする。
空っぽになった第3庁舎を貸し出すことで利益を上げる。

これを可能にするために、第1庁舎と第2庁舎の合理的な改修と整理も含めて、複数の業者に提案を求めた。

これも提案を求めながら、選定業者を絞り込み、最終的には細かなところを対話を繰り返すことで詰めて行き、最終的には随意契約をするという方式。

随意契約で一般的に懸念されることは、公平性と透明性だが、どの事業においても優れた提案を優先し、かつどのようにして経費を抑えたかということを明らかにすることでクリアしている。

**************
さて、津市の場合公共施設の管理において昨年末、これから先平均120億の維持費が必要だということが明らかにされた。
そして今までかけてきた維持費は60億少し。
つまり必要な額の半分。

言い換えれば今保有している公共施設の半分を放棄しない限り、帳尻が合わないことになる。
60億の維持費というと、津市内のすべての教育施設の維持費がこれに相当する。

では、小中学校、幼稚園、図書館、すべてなくしますか?
なんてことは不可能。

これからの公共施設の運営は、足りないから潰す、売却する。
という引き算の運営では成り立たない。

だからこそ、ある施設を一部収益化したり、複数ある異なる施設を一つにして縮小し、余ったところを賃借するとか、賢くマネージメントを行なっていくことが必至になる。

だからこそPFIを理解し実施して行く必要性があると思っている。

津市の公共施設のことに関してはまた改めて、提示された資料も合わせて別の機会に記事にしようと思います。

2017年1月15日日曜日

たかとら新聞第3号

本日の中日新聞の折り込みにたかとら新聞入れさせて頂きました。

政務活動費からの支出ですが経費の関係で、旧津市の中日のみです。漏れた地域の方済みませんm(_ _)m

という事でPDF版をダウンロード出来るようにリンクを張っておきます。

たかとら新聞PDF版ダウンロード

あわせて内容もここに改めて載せておこうと思います。




以下たかとら新聞より




提案による成果


津市のふるさと納税
津市のふるさと納税は、この制度が始まって以来累積で4044万
円の赤字を出しています。これは津市の人達が他市に寄附している額が、他市の人達が津市に対して寄附して頂いている額を上回っているからです。
 グラフにしてあるデータは最新の平成27年度の実績で、この年は1989万円の赤字でした。他市に寄附した津市の人の市民税から、控除される額が算出されるのは一年遅れます。グラフに載っていない28年度に控除される市民税の総額は27年度の実績を元に計算されますが、1億2500万ぐらいになる事がすでに分かっています。前年度比で1億円以上増えています。このままでは津市の市税はどんどん減って、ふるさと納税における負け組自治体になってしまいます。そこでもっと魅力のある返礼品を用意して、他市からの納税を増やす努力をすべきだと、本年3月の第一回定例会にて一般質問で提案させて頂きました。その結果7月1
9日の記者発表で明らかにされ、8月1日より3万円以上寄附された市外の方に、朝日屋の松阪牛1kgを返礼品としてお返しすることが決まりました。これで赤字が全てなくなるわけでは無いでしょう。ただ今後も返礼品を充実していく、と記者発表で市長は説明されていますし、これから引き続き状況の改善が行われるであろうと期待しています。








観光客へのインターネットサービス



伊勢志摩サミット目前にして、最後の提案をさせて頂きました。外国からのお客さんが10数時間の飛行機での移動の後、一番に望むのがインターネット、メールの接
続です。特になぎさまちの空港側の待合では、船を待つのに30分から50分程度留まる事になります。この間インターネットに接続出来ない事はお客さんの側からすると「おもてなしされてないな」と感じるものです。残念ながら3月の時点で空港側でインターネットに接続出来る無料のサービスが提供されていませんでしたが、提案させて頂いた後県の提供する「FREE Wi-Fi MIE」というサービスが利用出来るようになりました。現在空港側待合、船上、津側待合の3カ所で連続して、時間制限無く無料のインターネット接続が提供されています。三重県内で一番多く、年間6万人を超える外国人が宿泊しているのが津市です。これからも地域経済の成長に繋がるインバウンド獲得のため様々な提案を行っていきます。

要望対応
1.横断歩道
通学路指定になっている道路の横断歩道が消えかけているので何とかして欲しい、という要望を受けました。横断歩道は県管轄である事と、年に2度しか引き直しをしないので直ぐにとは行かなかったのですが、知り合いの県会議員の先生の協力もあり年内に解決しました。


2.災害復旧:倒木
台風被害から久しく時間がたつのに「一向に倒れた木が撤去されない」という要望を頂きました。農林部に問い合わせ早急に撤去して頂きました。また、砂防ダムの浚渫の要望も頂きましたので県へ取り次がせて頂きました。


3. 危険な隙間
ガードレールとフェンスの間に隙間が有り、子供が誤って落ちてしまう可能性がある。下は線路。塞いで欲しいという要望を頂きました。該当する道は市道でしたので、隣接する土地の持ち主の方、鉄道会社と連絡を取ってもらった上で子供の転落防止策を講じて頂きました。


4. 香良洲の平和記念館の資料の表記
香良洲の予科練跡地にある平和記念館の表記に「読んだ者に誤解を与えかねない表記がある」と言うご指摘を頂き、教育委員会に相談し改めて頂きました。



その他
今年も海岸の清掃を何度かさせて頂きました。
また、サミットのお出迎えの為勢州津高虎隊に出陣して頂きました。ご協力有り難うございました。

2017年1月6日金曜日

郷土教育など平成28年第4回定例会報告

少々遅くなりましたが、昨年の12月に行われた最後の定例会に関して報告したいと思います。

因みに、今定例会から中継はUstream録画はYoutubeという事になり、画質が格段に上がったのと、利用が楽になりました。
web中継が行われる前から、今まで採用されていた独自のサーバーを構築した配信システムは前時代的だと反対していたのですが、今回の契約更新時に於いてやっと、4年越しの要望が通った形です。ま、良くなったんでこれ以上文句は言いません。

今回は

  • 津城の石垣の回収に関して
  • Uターン促進事業の今年の成果と今後の対応に関して
  • 子供が作る弁当の日に関する提案
  • ポイ捨て禁止および路上喫煙禁止条例の制定を求める提案
  • 郷土教育の充実に関して
の5点質問させて頂きました。

津城の石垣の回収に関して
熊本城の石垣が震災によって崩れました。
おそらくそれを受けてのことでしょう、松阪城が石垣の回収を進めることが新聞で発表されていました。
津城の石垣は大きくはらんでいて、いつ崩れてもおかしくないカ所がたくさんあります。
過去に調査は済んでいるので、いつでも回収を始めることが出来るはずですが、その後一向に対応が聞こえてこないので質問いたしました。

現在委員会を設置してどのように回収するか計画を立てているところだという答弁でした。
松の木の伸びた根がはらみの原因です。私は松を切った上で、お城を復元するべきだと思っているのですが、公園の緑地にある樹木の伐採は容易ではないという答弁でした。




Uターン促進事業の今年の成果と今後の対応に関して
昨年3月に国の特別予算でUターン対策の予算が割り当てられました。
その中で、就職のため新卒者が津市の企業に訪問するための渡航費用を助成する制度がありました。600万も予算を付けたこの事業の昨年の実績は1件でした。
今年は4件。増加はしたもののまだまだ少ない。
どうやら保護者に働きかける方がいいだろ言うという経験を元に、次年度も市単独事業として続けていくつもりだという答弁を頂きました。



子供が作る弁当の日に関する提案
竹下和男先生というかたがおられます。
私が読んだのは別の本なんですが、先生の本を読んだことがありました。
そして一昨年津P連の企画で津にお越し頂きお話を伺いました。
ほんと違って強烈な印象でものすごいメッセージでした。

今子供達が人に何かをしてあげて喜ばれるという経験が少ない。
弁当を作る事が出来るようになる=自分の時間と労力を費やして誰かを幸せに出来る力
そして家庭を築いたときに同じ事を子供にしてあげられるかどうかが問題。
それが出来ない子達が親になるから、子供をあやめてしまうような親が出来てしまうんだ、だから不幸な子供達を生み出さないためにも、今子供達に弁当を作らせることが大事なんだと力説をされて行かれたのを今でも覚えています。

実は津市の大里小学校がすでに弁当の日というのを実践していました。
また、当時P連の研修会に参加した会長さん達の中には、是非我が校でも実践したいという意見を持って見える方が5名ほどお見えでした。
しかし、残念ながら現時点で、大里小学校以外に弁当の日の実践校が増えたという報告を聞いていません。

そこで教育委員会に後押しをしてもらえないかを尋ねました。

全ての学校で一律に実施は難しいかも知れません。
教員主導でも難しいでしょう。
しかし、現に過去のPTA役員とは言え実施を望む声があったのも事実。
PTAの役員は単年度で代わってしまうことが多いので、年度が替われば引き継ぎはなかなか難しい。
学校も保護者の希望があれば動きやすいはず。
ぜひ保護者の声を拾うところから協力をしてもらえないかという提案をさせて頂きました。




ポイ捨て禁止および路上喫煙禁止条例の制定を求める提案
四日市市が近鉄四日市駅周辺で路上喫煙を禁止する区域をさだめ、巡回員を配置し、違反者には罰金を科すという条例を施行しました。
12/1からです。
これは古くは十数年前に千代田区が同じような条例を施行し喫煙者のマナー向上を促す取り組みをしたのが最初です。

津市の状況を調べてみたところ
津駅東口のロータリー手前、ホテルの角から郵便局の角までの100m弱の区間に落ちているゴミを拾ってみました。
結果
吸い殻18個
ペットボトル1個
健康飲料の瓶2個
タバコの空き箱1個
ライター1個

を採取しました。
翌日朝7:30から8:30までの1時間路上喫煙の状況を観察しました。
11名の路上喫煙者がおり
うち1名は駅を出てから歩きタバコでホテルの前まできて、入口の茂みの前で捨て、足で消し、ホテルに入っていきました。
また6名ほどは裏口に入ってから歩きタバコをしているのが見受けられました。

まだまだ喫煙車のマナーが徹底されていないと思いました。
しかもここは通学路。
子供へのやけどの懸念もあります。

津市が路上喫煙やポイ捨てを禁止する条例を施行するつもりはないか尋ねました。

結果を先に言いますと、そのつもりはないとのこと。
周辺の方々には掃除をして頂いている関係で、路上は綺麗に保たれているという答弁でしたが、ボランティアの清掃だけに任せていいものかどうか、疑問が残ります。
捨てる人がいなければ清掃する必要も無いわけですから。

地域の人達の声も聞いて、望んでいる地域があるようであれば、施行して頂きたいものです。


郷土教育の充実に関して
津市の郷土教育に対する考え方を伺いました。
小学校3年生・4年生対象に「私たちの津市」という副読本が配られています。
これは市の教育委員会が作成したもので、最新の物は平成27年に作成し28年から使用されています。
対象のお子様が見える方は是非一度手に取ってみてください。
この冊子は学習指導要領の定めている「内容」に関してはきちっと網羅しています。
  1. 自分たちの住んでいる身近な地域や市について
  2. 地域の人々の生産や販売について
  3. 地域の人々の生活にとって必要な飲料水,電気,ガスの確保や廃棄物の処理について
  4. 地域社会における災害及び事故の防止について
  5. 地域の人々の生活について
    • 古くから残る暮らしにかかわる道具
    • 文化財や年中行事
    • 地域の発展に尽くした先人の具体的事例
  6. 県の様子について
ところがその前段にある「目標」を達成出来るような副読本になっているのか、質問させて頂きました。
特に目標の2番目
「地域の地理的環境,人々の生活の変化や地域の発展に尽くした先人の働きについて理解できるようにし,地域社会に対する誇りと愛情を育てるようにする。」
この点に関してです。

この副読本には「肉まんの製造工程」が4ページほど割かれて書かれていますが、
井村屋さんのことです。
井村屋さんがどのように肉まんを作っているかを知ること以上に
この会社が中国大陸や北米などに進出しているグローバル企業であること。
また、肉まんのスチーム機をコンビニなどに設置し暖かい肉まんを食べられるような環境を作る為に、衛生法の改正を進めた第一人者である事など
むしろ底を子供達に知らせるべきではないでしょうか?

そんなすごい会社が津にあるんだと言う事など全く触れられていません。

固有名詞を出すのは適当ではないからという理由でした。
津市には他にもおやつカンパニーさんもあります。これもグローバル企業です。
また、世界的シェアを持っているミシン針を作っている中川製作所さんやちょうつがいを作っている中尾製作所さんなど、津市が誇れる大企業が他にもたくさんあるのに全く紹介されていない。

これで目標2の「地域社会に対する誇りと愛情」が育まれるのでしょうか?

また小学校6年生では
古事記,日本書紀,風土記などの中から適切なものを取り上げること」と指導要領には書かれています。

日本書紀通称と呼ばれる日本書紀の解説本を書いたのは谷川清士です。この人は津新町の八町にいた方です。

この事も取り上げられていません。あろう事か教育次長にいたっては、日本書紀通称を書いたのは誰か?との問いに答えられませんでした。郷土の先人に対する認識の低さに愕然と致しました。

同じ時期に同じく国学を研究した本居宣長は古事記の解説書「古事記伝」を記しています。

なぜこの時期に、後に誰もこえることの出来ない研究をした人物が、津と松阪にいたのか。江戸や大坂ではなくこの三重の中勢地域に。

それは何よりも津と江戸を行き来する船が出ていたからです。ここに人と、お金と情報が集約される土壌が出来ていたからこそ、最先端の研究をする環境があったんです。双方共に医者をしながら生計を立てて、研究に没頭することが出来たんです。

津だから出来たんだという事実を教えずして、どうやって郷土の誇りを教えることが出来るんでしょうか。

もう一歩進んで中学生の歴史教育に関しても尋ねました。
ここの目標4には以下のような記述があります。
身近な地域の歴史や具体的な事象の学習を通して歴史に対する興味・関心を高め,様々な資料を活用して歴史的事象を多面的・多角的に考察し公正に判断するとともに適切に表現する能力と態度を育てる。」

身近な地域の歴史です。それを通して興味や関心を高めろと書いてあります。
そこで南北朝に関して教えることを確認した上で、
美杉の北畠家の事に関して教えているか尋ねました。

教科書に出てくる人物ではないので教えてないと答弁しています。
愕然としました。

北畠親房は楠木正成や新田義貞にならんで頑なに正義を貫き、旗色が悪くなっても南朝の正統性を訴え守り続けた義人です。その生き様を知ることこそが地域の誇りだと思います。
南朝と北朝の闘いの舞台は津市にも繰り広げられました。
北畠親房と共に伊勢の大湊から東北へ向かう際に嵐に遭って遭難して、結果無くなったのが結城宗広。その慰霊のためにたてられたのが結城神社です。

美杉の子達だけでなく、新津市になった河芸の子や香良洲の子や安濃や芸濃の子供達も、同じ津の子供として、津の地域に生きた先人の歴史を共通して学ぶためには、冊子になって手渡され、津の子なら必ず学ぶ共通する歴史がなければ、何時までたっても旧津の子は旧津の子、美杉の子は美杉の子になってしまいます。

幸いにして、商工会議所さんがあのつガイド会さんと共に作った「知っておきたい津」という冊子があります。
昨年10月に作られ市に寄贈されました。その時の新聞記事
各学校に配布されています。(各生徒でないのが残念ですが)
これは市教委作成の「私たちの津市」と比べて、とても良く出来た冊子です。

こういった冊子をもっと積極的に使って、津市の子達が津を誇りに思える教育を行って頂きたいと思っています。

「知っておきたい津」まだ見たことが無い方は、一度手に取られることをお勧めします。1400円ぐらいだったと思います。商工会議所に行けば手に入れることが出来ます。