宜野湾市と嘉手納町:沖縄視察報告02

色々な理由で躊躇し投稿されないままの書きかけの記事がある。

時機を逸し続けてきたが、やはりアップしておくべきだと考えた。
先月20,21,22日に会派視察で沖縄に向かった際、県の港とは別に嘉手納町と宜野湾市に訪れた。
その時の感想を記す。

基地問題を語るなんて事は私のような一塊の市議にはとてもハードルが高く、またおこがましいこととだと思う。
しかし一点、宜野湾市の市長の言葉がずっと心にのしかかっている。
一語一句正確に覚えているわけではないので誤りがあれば申し訳ない。
「沖縄はことある事に注目される。そして色々な人が来て色々な持論を主張していく。しかし沖縄に住む人の事を考えての発言は少ない。自民党も含めて」
という内容だったと記憶している。

自分の政治主張とPRの為に沖縄を、基地問題を「使ってきた」人が多かったのではないだろうか。
私は沖縄に住む人の本当に望んでいることを知っているわけではない。持論を展開できるような立場ではない。
しかし沖縄を「使ってきた」と言われる人の顔は幾つか思い浮かぶ。

宜野湾の市民が望む安全の確保にまた新たな影が落ちたのかも知れない。市長と周辺住民の憂いが解消されることを願ってやまない。


宜野湾市
宜野湾市が要求するのは一貫して普天間基地の返還だ。町のど真ん中に位置する基地は不自然なドーナツ型の町を作り自由な横行と利便性を阻害しているという。
確かに基地の裏側にある街に行くにも一本しかない周回道路をまわっていくしか手立てがなく、多くの場所で道の拡幅も難しい状況にあった。T字路が多く恒常的な渋滞に見舞われている。

宜野湾市の人口密度は東京よりも高く、人口は増加傾向にあるらしい。にもかかわらず公民館などの住民サービス施設を建設する場所もない。

薄氷の上を渡るように慎重に進めてきてやっと積み上げた結果が、先の騒ぎで一気に崩れ去った。
問題の原点は普天間の基地をとにかく移転させなければならないという事のはずであると市長は語った。
周辺住民の安全の確保と経済的基盤整備のために基地を移転させることが何よりも重要な課題であり、いたずらに政治問題化しないで欲しいという事なのだろうと認識した。

今の移転先に問題があるというのなら他にどのような現実的な解決法があるというのか。反対を声高に主張する人達は対案を示していない。
これ以上移転が遅れるような事はしないで欲しいという。
宜野湾市の一番懸念していることは普天間基地の移転がまた何かしらの理由で頓挫し、結果基地の移転の話そのものが立ち消えしてしまう、すなわち普天間の固定化である。

(周辺住民への対応とその不満の解消は日本国政府の問題であって米軍にとっては何の関わりもない内容である。移転費用はもちろん住民との問題解決のために日本政府が拠出する。かりに国内の合意が得られずに移転が頓挫したとしても米軍としては何も困ることはない。移転先が整備されないのであればこのまま普天間に駐留し続けるだけのこと。このような思考が米軍側にあると推測する。)
基地の返還で借地料が入らなくなるのではないかとの問いには、確かに一時的に収入は減少するかも知れないが那覇に近く沖縄中部に位置するこの市が本来有るべき機能性を発揮できる町になれば町の経済にも大きく貢献するはずだという。
普天間を切っ掛けに中部にある他の基地が返還されれば沖縄の経済は変わるだろう、と答えられた。

沖縄は歴史的にも大陸との関係は深い。しかし共産党と関係が深かったという歴史は存在しない。と言われた言葉はとても印象的だった。


嘉手納町

宜野湾市とは基地への態度も町の雰囲気も全く異なっているという印象を受けた。
町の8割強が基地で占められており、ここに返還の話はない。
沖縄全体で1万1449人居る軍用地の地権者のうち4732人が嘉手納町内にすんでいる。
基地の出入り口は日中は閉鎖されており出入りは無い。
厚木や横須賀のようなイメージでアメリカ風の飲食店や軍の払い下げを扱っているミリタリーショップがならんでいる町を想像していた私の予測は見事に裏切られた。
町の端にある道の駅の4階からは滑走路を含めた基地の大部分を上から見ることが出来、双眼鏡も設置してある。テーブルには記者席が用意されていて私が行ったときにも複数のテレビ局のカメラマンが座っていた。フリーのカメラマンも居るようである。
基地渉外課の課長曰く、事故が起こったときに瞬時に対応できるようにとのことだという。
町の中には3箇所の騒音観測所が有り、70デシベルを超える騒音が5秒以上継続する回数が何回あったのか記録している。
この町は日本政府に対する爆音訴訟を起こしている町の一つだ。

また現在町側に大型の航空機の格納庫が存在する。ここが大きな騒音の原因の一つになっているのでこれを山側に移転して欲しいという要望を立てており、現在移転先に新しい倉庫を建設中だという。また移転した跡地に他の地域から別の部隊を持ってきて基地機能の拡大に繋がらないように要望を立てているらしい。

配備されている機体の中には旧型の物が含まれており、これがより騒音が大きく排ガスも多いという事でこれらの機体を新しい低騒音型のものに切り替えていく要望も立てているらしい。
課長から頂いた資料には幾つも配備されている機体が写真と共に記載されており、それぞれの機体の特質を課長は非常によく知っていた。
他基地が存在することによって引き起こされる様々な問題を日本政府や米軍に対して訴えていくことが同町基地渉外課の職務だと言う事だった。
基地は監視する対象なのである。
また嘉手納基地の前進として現在の基地の敷地の一部である1250平方メートルが旧日本軍の中飛行場として使われていた。この基地の用地も地元の地権者から強制的に摂取されたものであるとして日本政府に対して賠償を求めているという事である。
旧日本軍によって摂取された土地以外の米軍によって摂取された土地の地主が、米軍に対して同様の損害賠償を求めるような訴訟は起こされていない。
因みに軍用地は投機の対象になっているらしい。確実に日本政府から借地料が支払われる安全な物件だからだという。借地料は値上がりこそするだろうが値下がりはしないのだろう。町の中には軍用地買いますという広告看板が幾つも出ていた事を思い出す。

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沖縄はその地理的位置関係が理由で戦争末期に占領され陸上戦が繰り広げられた場所である。
硫黄島同様本土空爆の拠点にするためだ。
民間人が武装した敵兵によって殺傷された。
現在日本の主権下にある地域で同様の経験を持つ場所は他に存在しない。

大陸への攻撃に適している場所であることも考慮されたことは言うまでもない。
戦後国民党が敗走し中華人民共和国が中国共産党によって樹立され、半島ではソヴィエトから送り込まれた人間が独立政府を宣言し、他にも東南アジアにおいて共産政権が次々と興ってきた時代に米軍は沖縄に駐留し続けた。

本土への復帰は私が産まれる僅か2年前。
歴史も米軍に対する認識も感情も経験も、我々本土に住む人間とは色々と異なる。これは否定しようのない事実だ。
そして当時の理由がどうであれ、現在日本全体を比較して米軍基地の地域に占める割合は沖縄が圧倒的に多い。
日本が国防という観点で沖縄と米軍に依存している事も否定できない事実だろう。

しかし国の安全は沖縄だけが考えれば良い問題では無い。
「沖縄の基地問題」なんて言い方を目にし、耳にするがこれは適切な表現だろうか?
日本の基地問題じゃないのか?
日本の防衛問題ではないのか。


1. 日本は決して「平和な戦後69年間」を過ごしてきたわけではない。
理由は前回津市に出された請願に対する反対討論の内容をまとめたエントリーでも書いたので詳しいことはこちらにまわす。

戦後の「平和な国日本」は国全体を巻き込んだ戦闘状態に至る事態がなかっただけであり、現実には局所的に攻撃を受け、組織的に殺傷された国民が存在し、領土は奪われている。

2. 尖閣諸島に多数の「漁船」がおしよせ「漁民」が上陸したとしても沖縄に駐留する米軍がこれを排除する為に武力を行使するとはとうてい思えない。
竹島が不法占拠された時に日本はGHQによって占領されており、米軍が今以上に駐留していた。しかし抗議こそしたが島の奪還に米軍が動いた歴史は無い。

911以降の「対テロ活動」はアメリカ本土が攻撃されている!戦わねば危ないという「民意」が生み出され、支持されて実行された。あの時あの国に住んでいた。その時の空気感を今でも良く覚えている。民意が一つの方向に向かっていく中で同じ感覚を共有できないでいる「外国人」としての違和感は文字ではなかなか表現できない。

今仮に尖閣に緊急事態が発生したとしても同じようなアメリカの民意の高まりが作られるとは思えない。


即ち自分達の身は自分達で守るよりほかない。

沖縄に行って確実に分かったことは、私が沖縄の地域の状況をあまりにも知らないという事実。
だからおかれた状況を知りもしない周りの人間が一方的に沖縄の人達の考えを批難するべきではないとおもう。
口出しすべきではないといっているわけではない。
また沖縄のことなのだから沖縄の人達が自らが納得するように決めれば良いという考え方は私には容認できない。
単に沖縄を自分の生活圏から隔離した、他人事的な思考だと思う。

沖縄が直面している、米軍基地と国防の狭間のジレンマは我々日本全体の問題だ。日本全体を見て包括的に沖縄にある米軍基地の問題に対処しない限り、何時までたってもこの問題が大きく解決されることはないのではないだろうか。
我々は本土沖縄関係なしに、日本の抱える解決すべき課題として良く状況を知り有るべき姿を模索する必要があると思う。

あそこにある基地の中にいる兵士が日本人であったら、日本の自衛隊が勤めていたとしたら周辺住民の受け止め方は随分異なるのではないか、と帰路の飛行機の中で考えていた。

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