2014年12月31日水曜日

年末のご挨拶

今年は選挙の年であり、また私の前厄の年でもありました。

年明け早々にあった2期目の選挙、無事通過させて頂き皆様から再任を頂きました。

ありがとうございました。

今年一年は教育構成員会の委員長を仰せつかりました。
初めて委員長という色を頂きました。

知人の市議選や町議選があったのですが、突然降ってわいて出た年末の総選挙無事終わり、年賀状最後のぎりぎりを先ほど投函し、少々書類の整理をしております。

ところでまん中の娘が私の血を濃くひいて酷いアレルギー性鼻炎、プラス喘息もち。
で、こいつをゲットしました。
噂のダイソン、吸引力が変わらない掃除機ってヤツです^^

大きいヤツとどっちにしようか迷ったのですが、布団対応の先のはけが回転するパーツがあった関係でコードレスを選びました。

すってびっくり!!!!!!!

布団や畳がえらいことになっていました。

そうじもまーぼちぼち終わって、後は除夜の鐘をつきに娘と出かける予定です。

皆様今年も一年間ありがとうございました。

そして来る年が素晴らしい年でありますように  m(_ _)m

2014年12月23日火曜日

一般質問:平成26年度第四回定例会

先の一般質問の動画が津市議会のページにアップされましたので、利用しやすいyoutubeに変換してアップロードいたしました。

今回の質問内容まず1番目は

有害図書、特にコンビニに陳列してある成人誌

に関して質問いたしました。
http://youtu.be/O5nHE9LaLJ4?t=3m35s

小中学校から50mから500m以内にあるコンビニ
私も指摘されるまでは「そんなもんだ」と思っていました。慣れてしまって異常な状態だと言う事に気が付いていませんでした。

で、津市の小中学校の周りにあるコンビニをgoogle mapsで調べてプロットしてほぼ全てまわって状況を調査してきました。

中にはちょっとこのブログではお見せできない内容の物も陳列され、閲覧できるようになっていました。
同様の理由で議場でのパネル使用は許可されず、手元に配布することにしました。

そのような、議場でも出せない、ブログでもブログ主が掲示したくないような状況が子供達が出入りするコンビニの中にあるという事が、全てを物語っています。

三重県の青少年健全育成条例には
これら有害図書は「青少年の目に触れてはいけない」と規定されています。
また、過去に岐阜で行われた裁判の判例においては、これらの物が有害であると言う事は周知の事実であるという認識を示しています。

にもかかわらず、区切りは有りシールで閉じてあるものの陳列されています。
まして、驚いたのはマンガ。
18禁の区切りから離れたマンガの棚に、明らかに条例で示す有害図書の規定に合致する「性描写」のあるマンガがシール無しにおいてある。
誰でも見られるようになっている。

このことの改善を求めました。

具体的には津市で条例を作るべきだと提案しました。

議場での答弁では努力するぐらいのことしかないですが、その後直接教育長との話をする中で必要性だけは認識頂いているようです。

条例を一つ作るとなると大事です。
しかし津市に魅力を感じて移住をして頂ける方を増やすことを考えるのであれば、
子供が通学する場所、学校の周辺にポルノ雑誌が平気で並べられている状況を「良い環境」だとは思わないでしょう。

動かないようであれば議員提出議案という手法も考えられますが、押しつけは極力したくないので執行部側の善処を求めたいところです。

次に
動かない救急車
について質問しました。

http://youtu.be/O5nHE9LaLJ4?t=27m30s

前葉市長は四年前の選挙で動かない救急車をゼロにするという公約を掲げました。

通報から到着まで(上)
通報から病院まで(下)
にもかかわらずこの4年間直接的に救急車が動かない状況に対して予算をつけて改善措置を講じた実績がありません。

結果、通報から到着まで、到着から病院までにかかる平均時間は短くなるどころか長くなっています。

答弁の中で医師とのやり取りの中で色々難しいところがあるとお話しされています。

薄氷を踏むような思でという言葉に集約されるように、関係を築いていき協力を頂く事は、現場にいない私には分からないことでおそらく大変なのだろうと思います。

しかし約束は約束。結果は数値に表れており、グラフの示すとおりです。

しかも全国平均、及び県平均よりも悪い状況が続いたまま。

この状況を改善する方法は実質的に医師を確保する。受け入れ場所を増やす。これ以外にありません。

出動に対する照会回数ごとの割合
もっとも、病院側の協力を得て受け入れ体制を救急車の中で通信デバイスを使って閲覧するシステムが近々お目見えすることになるようです。
今まで順番に電話をかけて、断られて、次をあたって、というリニアルな作業をしていたところが、一度に受け入れ体制が目で見えることで、受け入れてもらえるところに一発で電話をかけることが可能になります。

しかし、これは県の事業。市の努力じゃない。しかも、似たようなシステムを数年前に作ったにもかかわらず、入力側の協力が得られず、受け入れ可になっていた病院に行ったら実は医師が居なくて、そこからまた電話をかけてという悲惨な状況があったとも聞いています。
アップデートされるべきはシステムより病院側からの協力なんじゃないかとも思ったりしますが、詳細を知らないのでこれはこの程度に留めます。

いずれにせよ、津市が出来る事があるはずです。

次期に向けて改善を求めました。

最後に
中心市街地活性化およびなぎさまちの関わり
について伺いました。

http://youtu.be/O5nHE9LaLJ4?t=40m30s

まず中心市街地活性化オープンディスカッションからタスクフォースまでの流れ。
初年度に400万円で提言書を作成、残りの2年間で1000万円づつ、計3400万支出しています。
高虎楽座は年間250万で年二回のイベント、1000万使えば年に8回出来ます。
楽座を8回やっても何の意味もありません。でもイベントにかかる費用なんてそんなもんです。
1000万使ったらとてつもなく大きな規模のイベントが出来るでしょう。メジャーなアーティストを呼ぶことも出来るでしょう。人も来るでしょう。
かけた費用をイベントに換算すれば、人を呼ぶことがだけが目的なら、他の方法だってあるはずです。

市長の描く目的は他にあるようです。地域の人達が主体的に係わってもらう体制を作りたいようです。その事に対して何ら異論はありません。
大きなイベントをすることが地域活性の方法だとは、私も思っていません。

この3年間で形になったのは2回冊子を発行したこと、イベントが2回ほど、通年でやっている新しい事業がやっと一つ出来ました。
いずれも地元の人達の多大なる努力と寛大な協力のもと何とか形になっている事業です。


一方で津市から直接委託を受けている大学は、大門商店街という商業地における活性事業として請け負っているはずです。

ファシリテーターの立場としてその課程で如何に地域の消費をのばす事業を構築するか、という視点で導いていかなければならないはずの立場です。
またどこから消費者を連れてくるのか戦略的に考察すべきです。

そんなことがこれまで3年間傍聴してきて非常に希薄だと感じています。

委託を受けた大学側は、幾つかの事業を実行した結果、地元の商店街にどれだけの消費を生み出したか統計すら取っていない。
委託を受けた以上数値を持って事業性かを報告すべきです。

何かをやった分だけゼロでは無い。人を呼び込んだはずだ。それが成果だ。
という市長答弁は費用対効果を念頭に入れていない寂しい内容だと感じています。

続いてなぎさまち。
なぎさまちは大門商店街までの活性化を目標にして着工された事業でありながら、船だけは就航しているものの便数は減らされ、大元の活性化に寄与している状況からはほど遠い。

もっと活用する方法があると思っています。

議場でも引き合いに出したインバウンド獲得に積極的な他の自治体の事例。
地の利は決して津に比べて良くないにもかかわらず積極的に「予算をつけて」取り組んでいる。
津市がそれ以上のことができないはずがない。

「そうですね」というだけの答弁はあまりにも津市の商業活性に対する積極的意識の欠如のように感じました。
国際空港に近い津がインバウンド獲得に興味を示さない。地の利がない地域がむしろ積極的に戦略を講じている。逆さまでおかしいと思います。

その事を数字が表しています。

中勢地区のGDP、県が調査していますが。第1次産業は全体の1%、第2次産業は20%、第3次産業は69%を占めています。

一方で津市の26年度の支出割合は
商業振興関係の予算総額に対して第1次産業に80%、第2次産業に16%、第3次産業にはたったの3%しか投じていない。

もちろんこの数字は国からの補助金の額を含めていないので、正確には市の支出ではないこと、そして第1次産業に係わる事業は土地の改良など元来お金がかかるものであることは事実です。

が、あまりにもかけている予算の割合が、商業振興に対して少ない。

しかもその少ない中の予算の殆どをイベントに消費しているのが津市の現状です。

市が描く計画的戦略、先行投資と呼ばれる物が見当たらない。

追加して議場では最後にたたみかけるように言いましたが先のなぎさまちに関するフォーラムであった内容に関して3分弱で話しました。
なぎさまちの待合所には市内の名産品の紹介や広告すら置いていない状況。
名古屋の待合所ではだいたい平均して20分から30分
これから津に来て何かしら消費している人が、ただテレビを見ているだけ。
船の中の45分にしても同様です。

せっかくある拠点にもっと違った投資があってしかるべきで、そんな細かな詰めが市内への再流入を即したり、消費の拡大に繋がる布石だと思います。

津市はもっと流入人口の増加に予算をかけるべきだと改めて感じさせるやり取りでした。





2014年11月30日日曜日

子どもの楽園

逝きし世の面影という本に魅了されている。

江戸末期から明治初期にかけて日本を訪れた外国人の手記を比較検討し、カテゴリーごとにわけそれぞれの観察者の視点から当時の日本人の生活、姿を映し出そうとしている書籍である。

有名な本らしくおそらく読まれた方も見えるだろう。

今日目を通した章の特に第十章「子どもの楽園」は色々考えさせられる内容だった。
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当時の日本のおかれていた「封建社会」と呼ばれる社会構造の中では、
下層の住民は上層の住民に隷属され搾取され苦しんでいるかのように語られることが多く、また西洋における封建社会においては全くその如くだったのだろうと思う。

ところが、封建社会を革命によって打ち破り民主国家を作ったと言われるフランス人の手記もこの中に含まれ、他イギリス人、ドイツ人、ロシア人、様々な手記が引用されるのだが、いずれも日本の農民および一般の民衆が非常に「自由」であり、大凡下層とは思えないほどに自らの社会のことに関して自主的に統治する権限が認められており、その決定方法はいたって「民主的」であることに驚いている。またどの顔も楽しそうであり無邪気であり幸福に満ちていると記している。そして彼らはその現実を目の当たりにしに少なからず驚きを表している。彼らの知るヨーロッパ的な封建社会の実情とは随分異なるからだ。

他の章になるがむしろ武士の上層階級の方が堅苦しい規律などに縛られて不自由にみえると言うのであるから面白い。
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さて子どもに関してである。
とにかく日本の社会は子どもを溺愛していると記している。それが下層の子どもであってもとても大事にされているという。
どの階層においても子どもを自由に遊ばせ路上を裸では走らせるままにしており、どれだけやんちゃを働いても叱責するようすが見られないという。彼らほど愉快で楽しそうな子どもはヨーロッパにはいないとまで言っている。

ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは「我々の間では普通鞭で打って子どもを懲罰する。日本においてそういうことは滅多に行われない。ただ言葉によって譴責するだけである」と言っている。

また子どもが転んで痛くしたとか、私たちがバタバタと馬を駆って来たときに怖くて泣くとか言う以外には、子どもの泣く声を聞いたことがなかった」とドイツの外交官オイレンブルクが記している。

子どもは親の言いつけを聞かず泣きわめくような習慣はなかったらしい。

一方で日本の子どもは甘やかされてはいるが、フランスの庶民の子どもより良くしつけられているとも書かれている。

英国外交官フレイザーの夫人は「彼らに注がれる愛情は、ただただ暖かさと平和で彼らを包み込み、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところをのばすように思われる。日本の子どもは決しておびえからウソを言ったり過ちを隠したりはしません。青天白日の如く、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです」と書いている。

つづけて、
「分別がつくと見なされる年になると、いずこも六才から十才の間ですが、彼は自ら進んで主君としての位を退き、ただ一日のうちに大人になってしまうのです。」

とも書いている。
町には子どもがあふれており、その殆どは弟や妹を背負っているとかかれており、おそらく子だくさんな家庭の中で兄や姉が母親の代わりに子どもの面倒を見ることが当たり前だったのだろうと容易に想像できる。
自ずから当たり前のように家庭の中での役割を担っていったのだろうと思われる。
農家であれば子どもも仕事にかり出されるわけで、当たり前のように己のできる仕事を自主的にこなしていたのだろう。
礼儀礼節も他行動規範なども親のするのを真似て自然に身につけていったのだろうと思われる。
当時の子供達はそのような環境の中で育ちいたって早熟だったのではないだろうか。

別の所には大人と子どもの分け隔てはなく、仕事も子どもと共に行うとかいてある。
これは他方現代の価値観からは少し許容しがたい部分だが、遊びも大人と同じ空間を共有するのだという。

祭りなど大人が興じて子どもと友に遊ぶ分にはほほえましい限りなのだが、タバコも吸えば大人が見るような観劇で内容が実に卑猥なものや春画まで別段子どもの目を覆うこともなく当たり前のように大人と同じように楽しんでいたのだという。

ともあれ子どもは子どもの間の争い事も年長の子どもの裁定で解決をしており大人を煩わせることはないと書かれており、これはとりもなおさず大人のする争い事の治め方を見て習い実行しているのだろう。

子供は子供達の独立した世界を持ち大人はそれに干渉しなかったと書いてある。
過干渉だと指摘される現代の親とは随分異なるように思う。
子供は子供の世界の出来事を自治の裁量で解決し、その方法を実践で習得してきたのだろう。

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はたして現在我々の子育て環境と照らし合わせてみると、子供達をのびのびと自由奔放に遊ばせていない現実に直面する。
親には親の都合があり、親も時間に追われストレスを感じ生きている中、結果として余裕が減り子どもの自由を束縛している事が多い。
また安心して子どもだけで遊ばせてやるには、不審者や交通事故など不安になる要因が少なからず存在する。どうしても過剰に管理、監視してしまいがちになる。

今の子供達は様々な自由が制限され結果、当時の日本の子供達が持ち合わせていなかったといわれる、「癇癪」に現代の日本の親はさらされることになる。

学校では小学校の一年生から授業中徘徊したり、授業を妨害したり、ウソをついたり、教師を無視するなど大凡我々の時代からも考えられなかったような事態に頭を悩ませ、家庭教育の重要性を語る。

学校での子供の揉め事に教師や親が口を出しことが大きくなることもしばしばで、子供はそこから学ぶ機会を奪われているようにも思える。

厳しく子どもを育てることが解決のように感じさせられることが少なからずあるのだが、全く自由奔放に育てられた当時の日本の子供達が、当時のヨーロッパの観察者の目から「非常に礼儀正しく行儀良く喧嘩することも叫ぶこともなく、与えられたおもちゃは帰るときには片付け何度も丁寧に礼言って帰る」という証言を読み、実際愕然としている。

大前提として当時の子供達は非常に愛されていた。自由と自治が与えられていた。
そして
大人の社会を肌で感じ大人をそのまま模倣して育った。即ち礼儀礼節を重んじた生活が大人の社会にあったからこそ、子どももその如く大人のするように手記を記した外国人達に接したのではないのだろうか。

もっとも別の章には表の通りを通る彼ら外国人を、物珍しく公衆浴場から裸のまま飛び出してくる老若男女に戸惑ったという記述もあり、甚だ礼儀や礼節から大きく逸脱した側面もあるようだが。

話を子どもと教育に戻すが、
社会環境の異なる今、全く当時と同じ状況を再度作り上げることはおそらく不可能だろう。
しかし過去に存在していた風情、風習から学ぶことは、大きく異なった社会に生きているとは言え同じ民族である我々にとって、当時の情景を思い描くともそれほど難しくなく全く文化の異なる他の国の人達が同じ事を行うよりは遙かにたやすいだろう。

愛情を限りなく与える事と、自らを律して子どもに背中を見せる生き方を自らを戒めながら実践していくこと、なのだろうが、
しかし当時の大人はそれほど気を張ることもなく、実に愉快でのんびりと楽しそうに生活していたというのだから、こればかりは甚だうらやましい限りである。


2014年11月28日金曜日

発言の順番

昨日午後一時半に抽選議運というのが開かれまして、
代表質問と一般質問の順番を決めるクジが引かれました。

私は最後から二番目
12月5日の午後1時からという事になりました。

順調に進んで何も番狂わせがなければの話ですが。

今回は
有害図書に関して
市街地の活性と津なぎさまちにかんして
それから
「動かない救急車」と言われる現状について
の3つを取り上げる予定です。

2014年11月17日月曜日

宜野湾市と嘉手納町:沖縄視察報告02

色々な理由で躊躇し投稿されないままの書きかけの記事がある。

時機を逸し続けてきたが、やはりアップしておくべきだと考えた。
先月20,21,22日に会派視察で沖縄に向かった際、県の港とは別に嘉手納町と宜野湾市に訪れた。
その時の感想を記す。

基地問題を語るなんて事は私のような一塊の市議にはとてもハードルが高く、またおこがましいこととだと思う。
しかし一点、宜野湾市の市長の言葉がずっと心にのしかかっている。
一語一句正確に覚えているわけではないので誤りがあれば申し訳ない。
「沖縄はことある事に注目される。そして色々な人が来て色々な持論を主張していく。しかし沖縄に住む人の事を考えての発言は少ない。自民党も含めて」
という内容だったと記憶している。

自分の政治主張とPRの為に沖縄を、基地問題を「使ってきた」人が多かったのではないだろうか。
私は沖縄に住む人の本当に望んでいることを知っているわけではない。持論を展開できるような立場ではない。
しかし沖縄を「使ってきた」と言われる人の顔は幾つか思い浮かぶ。

宜野湾の市民が望む安全の確保にまた新たな影が落ちたのかも知れない。市長と周辺住民の憂いが解消されることを願ってやまない。


宜野湾市
宜野湾市が要求するのは一貫して普天間基地の返還だ。町のど真ん中に位置する基地は不自然なドーナツ型の町を作り自由な横行と利便性を阻害しているという。
確かに基地の裏側にある街に行くにも一本しかない周回道路をまわっていくしか手立てがなく、多くの場所で道の拡幅も難しい状況にあった。T字路が多く恒常的な渋滞に見舞われている。

宜野湾市の人口密度は東京よりも高く、人口は増加傾向にあるらしい。にもかかわらず公民館などの住民サービス施設を建設する場所もない。

薄氷の上を渡るように慎重に進めてきてやっと積み上げた結果が、先の騒ぎで一気に崩れ去った。
問題の原点は普天間の基地をとにかく移転させなければならないという事のはずであると市長は語った。
周辺住民の安全の確保と経済的基盤整備のために基地を移転させることが何よりも重要な課題であり、いたずらに政治問題化しないで欲しいという事なのだろうと認識した。

今の移転先に問題があるというのなら他にどのような現実的な解決法があるというのか。反対を声高に主張する人達は対案を示していない。
これ以上移転が遅れるような事はしないで欲しいという。
宜野湾市の一番懸念していることは普天間基地の移転がまた何かしらの理由で頓挫し、結果基地の移転の話そのものが立ち消えしてしまう、すなわち普天間の固定化である。

(周辺住民への対応とその不満の解消は日本国政府の問題であって米軍にとっては何の関わりもない内容である。移転費用はもちろん住民との問題解決のために日本政府が拠出する。かりに国内の合意が得られずに移転が頓挫したとしても米軍としては何も困ることはない。移転先が整備されないのであればこのまま普天間に駐留し続けるだけのこと。このような思考が米軍側にあると推測する。)
基地の返還で借地料が入らなくなるのではないかとの問いには、確かに一時的に収入は減少するかも知れないが那覇に近く沖縄中部に位置するこの市が本来有るべき機能性を発揮できる町になれば町の経済にも大きく貢献するはずだという。
普天間を切っ掛けに中部にある他の基地が返還されれば沖縄の経済は変わるだろう、と答えられた。

沖縄は歴史的にも大陸との関係は深い。しかし共産党と関係が深かったという歴史は存在しない。と言われた言葉はとても印象的だった。


嘉手納町

宜野湾市とは基地への態度も町の雰囲気も全く異なっているという印象を受けた。
町の8割強が基地で占められており、ここに返還の話はない。
沖縄全体で1万1449人居る軍用地の地権者のうち4732人が嘉手納町内にすんでいる。
基地の出入り口は日中は閉鎖されており出入りは無い。
厚木や横須賀のようなイメージでアメリカ風の飲食店や軍の払い下げを扱っているミリタリーショップがならんでいる町を想像していた私の予測は見事に裏切られた。
町の端にある道の駅の4階からは滑走路を含めた基地の大部分を上から見ることが出来、双眼鏡も設置してある。テーブルには記者席が用意されていて私が行ったときにも複数のテレビ局のカメラマンが座っていた。フリーのカメラマンも居るようである。
基地渉外課の課長曰く、事故が起こったときに瞬時に対応できるようにとのことだという。
町の中には3箇所の騒音観測所が有り、70デシベルを超える騒音が5秒以上継続する回数が何回あったのか記録している。
この町は日本政府に対する爆音訴訟を起こしている町の一つだ。

また現在町側に大型の航空機の格納庫が存在する。ここが大きな騒音の原因の一つになっているのでこれを山側に移転して欲しいという要望を立てており、現在移転先に新しい倉庫を建設中だという。また移転した跡地に他の地域から別の部隊を持ってきて基地機能の拡大に繋がらないように要望を立てているらしい。

配備されている機体の中には旧型の物が含まれており、これがより騒音が大きく排ガスも多いという事でこれらの機体を新しい低騒音型のものに切り替えていく要望も立てているらしい。
課長から頂いた資料には幾つも配備されている機体が写真と共に記載されており、それぞれの機体の特質を課長は非常によく知っていた。
他基地が存在することによって引き起こされる様々な問題を日本政府や米軍に対して訴えていくことが同町基地渉外課の職務だと言う事だった。
基地は監視する対象なのである。
また嘉手納基地の前進として現在の基地の敷地の一部である1250平方メートルが旧日本軍の中飛行場として使われていた。この基地の用地も地元の地権者から強制的に摂取されたものであるとして日本政府に対して賠償を求めているという事である。
旧日本軍によって摂取された土地以外の米軍によって摂取された土地の地主が、米軍に対して同様の損害賠償を求めるような訴訟は起こされていない。
因みに軍用地は投機の対象になっているらしい。確実に日本政府から借地料が支払われる安全な物件だからだという。借地料は値上がりこそするだろうが値下がりはしないのだろう。町の中には軍用地買いますという広告看板が幾つも出ていた事を思い出す。

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沖縄はその地理的位置関係が理由で戦争末期に占領され陸上戦が繰り広げられた場所である。
硫黄島同様本土空爆の拠点にするためだ。
民間人が武装した敵兵によって殺傷された。
現在日本の主権下にある地域で同様の経験を持つ場所は他に存在しない。

大陸への攻撃に適している場所であることも考慮されたことは言うまでもない。
戦後国民党が敗走し中華人民共和国が中国共産党によって樹立され、半島ではソヴィエトから送り込まれた人間が独立政府を宣言し、他にも東南アジアにおいて共産政権が次々と興ってきた時代に米軍は沖縄に駐留し続けた。

本土への復帰は私が産まれる僅か2年前。
歴史も米軍に対する認識も感情も経験も、我々本土に住む人間とは色々と異なる。これは否定しようのない事実だ。
そして当時の理由がどうであれ、現在日本全体を比較して米軍基地の地域に占める割合は沖縄が圧倒的に多い。
日本が国防という観点で沖縄と米軍に依存している事も否定できない事実だろう。

しかし国の安全は沖縄だけが考えれば良い問題では無い。
「沖縄の基地問題」なんて言い方を目にし、耳にするがこれは適切な表現だろうか?
日本の基地問題じゃないのか?
日本の防衛問題ではないのか。


1. 日本は決して「平和な戦後69年間」を過ごしてきたわけではない。
理由は前回津市に出された請願に対する反対討論の内容をまとめたエントリーでも書いたので詳しいことはこちらにまわす。

戦後の「平和な国日本」は国全体を巻き込んだ戦闘状態に至る事態がなかっただけであり、現実には局所的に攻撃を受け、組織的に殺傷された国民が存在し、領土は奪われている。

2. 尖閣諸島に多数の「漁船」がおしよせ「漁民」が上陸したとしても沖縄に駐留する米軍がこれを排除する為に武力を行使するとはとうてい思えない。
竹島が不法占拠された時に日本はGHQによって占領されており、米軍が今以上に駐留していた。しかし抗議こそしたが島の奪還に米軍が動いた歴史は無い。

911以降の「対テロ活動」はアメリカ本土が攻撃されている!戦わねば危ないという「民意」が生み出され、支持されて実行された。あの時あの国に住んでいた。その時の空気感を今でも良く覚えている。民意が一つの方向に向かっていく中で同じ感覚を共有できないでいる「外国人」としての違和感は文字ではなかなか表現できない。

今仮に尖閣に緊急事態が発生したとしても同じようなアメリカの民意の高まりが作られるとは思えない。


即ち自分達の身は自分達で守るよりほかない。

沖縄に行って確実に分かったことは、私が沖縄の地域の状況をあまりにも知らないという事実。
だからおかれた状況を知りもしない周りの人間が一方的に沖縄の人達の考えを批難するべきではないとおもう。
口出しすべきではないといっているわけではない。
また沖縄のことなのだから沖縄の人達が自らが納得するように決めれば良いという考え方は私には容認できない。
単に沖縄を自分の生活圏から隔離した、他人事的な思考だと思う。

沖縄が直面している、米軍基地と国防の狭間のジレンマは我々日本全体の問題だ。日本全体を見て包括的に沖縄にある米軍基地の問題に対処しない限り、何時までたってもこの問題が大きく解決されることはないのではないだろうか。
我々は本土沖縄関係なしに、日本の抱える解決すべき課題として良く状況を知り有るべき姿を模索する必要があると思う。

あそこにある基地の中にいる兵士が日本人であったら、日本の自衛隊が勤めていたとしたら周辺住民の受け止め方は随分異なるのではないか、と帰路の飛行機の中で考えていた。

2014年10月30日木曜日

慰安婦の真実

実際にはどのような事が起こっていたんでしょう。

長く目を背けてこられた方もお見えでしょう。
仮に今まで言われてきたような事が本当に起こっていたとしたら、「恥ずべき事だ」と感じ、私とは関係のない過去のことと記憶のどこかに押しやってしまうのも無理からぬ事だと思います。

でもそれで充分でしょうか。
私たちの子供達も同じように顔を背け続けなければならないのでしょうか。

仮にそれが「事実とは全く違うことで濡れ衣を着せられていた」としても。

一度考え直す機会を持つべきだと思います。
いま色々な理由で再度この問題が取りざたされています。

そして改めて考えてみる事の出来る場が、沢山の資料と共に提供されます。
12月20日、21日
アスト津5階 

9:00から17:00まで

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私が渡米していた時20代半ばの頃、原子爆弾はファシスト・ヒロヒトと悪の枢軸日本を駆逐し、被害をこれ以上拡大しないための必要な行為だったと主張するアメリカ人に「ちがう」としか言えなかった歯がゆさを思い出します。

あの時もっと詳しく歴史を知っていれば・・・・・
今でも悔しい思いになります。

今このときも在外日本人の子供達が同じように、この慰安婦の問題で辱めを受けていると言います。

これから国外に出る子供達ははたして自らに着せられた濡れ衣を払うだけの知識を持っているでしょうか。

過去を全て正当化する必要はありません。人は過ちを犯すものであり、日本という国の歩みも全てが正しかったわけでないでしょう。

しかしいわれのない事で批難を受け、黙って悔しい思いをする必要もまたないと思います。

学校では教えてくれない、知っていなければならない歴史がたくさんあると思います。
小学生や中学生では少し難しいかも知れませんが、高校生ぐらいなら探求する良い教材になるでしょう。

学習は教えられる物から、自ら疑問をいだき答えを探し求めるようになったときに格段に愉しくなります。

これから国外に出て活躍する子供達。
好むと好まざると「日本人の」Mr. ○○と認識されます。
そして日本人である事をしっかり語れない存在に対して、彼らの多くは「自分の国のことも知らない程度の人間なのか」という評価を下します。

国外で活躍するためにはコミュニケーションの道具としての「英語」の能力以上に、自らのアイデンティティを語れる「成熟度」がとても重要になります。


考えるのも、更に調べるのも皆さんです。
この展示会がそんな切っ掛けの場になれば良いのでは無いかと思います。

教育勅語が下賜された日

今日10月30日は教育勅語が下賜された日です。

1946年GHQの使用を禁じる指示に基づき1948年の国会の「教育勅語等排除に関する決議」によって使用されなくなりました。

何故GHQは使用を禁じる指示を出したのか。
その命令の正当性。
決議の意味などなど様々な意見はあるのかも知れませんが、原文を見てみなければ話は進まない。

そこで教育勅語原文および現代語訳をwebから引っ張ってきました。
また子供でも読めるように全てにルビを振りました。

私はいたって当たり前の事が書いてあると思っています。

また、人は時に「当たり前の事」を思い返すことが必要だとも思っています。
子供の頃意味も分からずに復誦していた言葉が記憶に残っていて生きていく上での考え方に影響を与える事などもよくあります。
(私にとっては少林寺拳法の聖句がそれにあたります。)

我が家では朝食を取るテーブルの壁に印刷して貼ってあります。
もちろん私は元より子供達が読めるように。
また、家内のためにも英語版を貼ってあります。

PDFにしてそれぞれのファイルにリンクを張っておきました。
テキストだけの何の飾り気もない文章ですがご興味があればDLしてください。

教育勅語

教育勅語現代語訳

教育勅語子供解説

教育勅語英語版
************************追記************************
いぜんに紹介した拉致被害者のことを歌った「空と海の向こう」という曲を作った山口采希さんが「大切な物」という教育勅語を題材にした曲を作っていました。

なんでカントリーウェスタン風やねん!ってつっこみはなくは無いんですが^^
なかなかいい曲なので貼ってみました。

2014年10月22日水曜日

津の製品が海外進出する事を考えて・・・・

20,21,223日間沖縄に管外行政視察に向かった。

東南アジアの市場獲得のために国内の様々な地域が今しのぎを削っている。
食品、医療、介護、電子機器等々、市場は大きく日本製品に対する需要は高い。また意外な分野での現地のニーズに日本の製品が答えられる場合があるという。

そんな中沖縄のうるま市にある工業団地では輸送費の一部を県が補填することで、顧客を求める製造側の試験的な輸出のためのハードルを下げる事業を行っていると伺い、沖縄県の企業立地課の方からの話を伺いに行った。

現実としては同地区の港はまだまだ整備が整っていないというのが率直な印象だ。
西埠頭は主に島内消費の木材、肥料、家畜飼料を荷揚げするために使われている。
出荷のための東埠頭はまだ供用が開始されていない。大型の船が底を擦らなくても良いように行う浚渫もこれからだ。

とは言ってもすでに操業を開始している興味深い企業が幾つかあった。

1. ルアーメーカー
ベトナムにプラスチック原料を送って基礎整形を行い沖縄に戻す。ルアーの性能を左右するカラーリングや羽根や針付けなどの繊細な作業を日本で行い、これを国内及び国外向けに販売しているようだ。

2. 医療メーカー
透析用の医療機器の一部をここで作っているらしい。これから糖尿などの生活習慣病対策も東南アジアでの需要が伸びると考えられており、どちらかというと先行投資的な進出のようだ。

3. 両替機
東芝がカジノで使う両替機の修理を行っているという。船便ではなく空輸なのだが、とにかく近い。迅速な修理と対応が出来ると言うことで、大陸に近い沖縄ならではの地の利を行かした進出だという。

4. ハラール
モクモクがハラール対応専用の工場をここに作っている。厳格なイスラムの戒律を守るために初めから対応した工場を作らなければならないという。国内でのハラール製品の消費だけでなく当然アジア諸国への輸出も念頭に置いている。また機内食にもサービス提供をするようだ。

肝心の輸送費助成だが、実は今年でいったん打ち切られる。
船での輸送は積み荷を満載にしないと歩留まりが悪い。しかし市場が確立されていない状態で船一隻分の出荷は現実的でない。販路拡大の初期投資のハードルを下げるために、荷物が載らなかった分の「載っていない荷物の輸送料」を県が払うという形で助成を出している。上限400万。
方向性は変えないまま一度仕切り直しをするようだ。

製造と輸出を総合的に考えた政策だが、前途は少し多難のようだ。
肝心の船便は18年たった今定期便はなく基本チャーター。割高だそうだ。
平成27年から定期航路を確保したらしいが鹿児島航路と先島航路。まだ国内向けが殆どだという。
荷物がないから輸送会社にとって魅力がない。
輸送会社が来ないからここで製造するメリットが低い。
両すくみの状態だ。
にもかかわらず港湾整備の建設側は企業立地側と違い、「一時に全ては整わないから」と幾分のんびりムードだ。

しかし、四日市に港を持つ三重として、全く参考にならないわけではない。
東南アジアに進出できる可能性のある商品は食品だけに限らず市内、県内にもあるのではないだろうか。
商機はどこに存在するか分からない。
試してみないことには分からない。
でも最初から沢山持って行くほど余裕はない。

現在三重県に商談会に出席するための費用助成はあるようだが、本当に欲しいのは沖縄の輸送費補助のように商売が転がり始めるまでの負担軽減だという意見も良く分かる。


中小企業の海外進出が望まれて久しい今、色々持って行って売ってみる。そんな商魂たくましい業者をサポートするのも地方自治体の役割ではないのだろうか。

2014年10月3日金曜日

政府に集団的自衛権行使のための立法措置を行わない事と臨時国会での集中審議 を求める請願


第3回定例会が先日終わりました。
最終日には提出議案の他に幾つか請願書が出されており、その表決も取りました。

今定例会には「九条の会・津」によって作成され
共産党の長谷川および豊田両議員が紹介議員として提出された「政府に集団的自衛権行使のための立法措置を行わない事と臨時国会での集中審議を求める請願」に対する表決も行われ、私は反対の意を表する討論を行いましたのでその内容をお伝えいたします。

討論時間10分を大きく超える内容になってしまい、結果最後まで論じきることが出来なかったのは私の未熟さ故です。

そこでブログでは論点の整理を明確にし、議場で伝えられなかった部分も含めて反対理由を示しておきたいと思います。

前提:自民党および公明党の代表が集まり行われた閣議決定の内容は、我が国が現在直面している状況に適切に対処できる様な法整備を行う為の与党内合意で有り、その目的はこの国の平和を、そして子供達の未来を守るためだと認識している。

この前提を踏まえた上で、「日本が戦争をする国になるのか」という良く聞かれる主張に対しては後段で触れることにする。こちらが気になる方は論点1は読みとばして頂きたい。

論点1:審議が不十分であるという主張
同請願の表題にも「集中審議を求める」と書かれており、また文中にも「国会の議論も、国民的議論も全く不十分」と書かれている通り請願提出者は審議が不十分だと主張をしている。

反論:閣議決定とはそもそもどのようなものであるのか
閣議決定とはあくまでも法案を作成、提出する準備として大臣間において、また連立政権である現在自民党及び公明党の間の意識の共有を図るための決定事項であり、閣議とは与党内の合意形成の場である事。

即ち閣議決定自体は立法行為ではない、いうならば法案が可決されこれが執行されていない現在、法治国家である日本において、自衛隊の行動範囲も武力行使に係わる何物も実質変わっていない。

そして閣議決定の文末には「政府として、以上述べた基本方針の下、(中略)法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に提出し、国会における御審議を頂くこととする。」と記されている。

正に現時点では事前協議がなされた段階で有り、本格的な審議はこれから行われるという事である。
審議が始まってもいない段階で審議が不十分であるというのは全く理にかなっていない主張である。

また、文中に「閣議決定を強行した」と書かれているが、閣議決定とは基本的に全会一致で採択されるべきものである。
何故か、この後法案が作成され議場で審議を行う段になって、首相や防衛大臣や財務大臣など異なる大臣に質問をしたら違った見解がかってくると言うような状態では審議にならないからだ。「政府内の意見もまとまっていないのに法案を提出してくるのか!」と言われる事になる。
全会一致で採択された決定事項に「強行」という事態は存在しない。

それでは19人という少数の大臣だけで重要な内容を決めてしまって良いのか、民意を反映していない。という2つの主張に対して:
まず閣議決定の性質は既出の通り法案を作成するための準備会議であり、あくまでも法案提出側になる大臣同士の合意形成の場であるため法案を提出する側にいない野党がこの会議に加わる事はない。
そして、大臣も議会制民主主義の制度に則って選挙を経て民意を代表する代議士として選出された議員である以上、それぞれが民意の集合体である。彼らが民意を表していないという主張は代議員制度を否定する考えである。

与党によって代表されていない民意を戦わせる議論の場は、繰り返すが、法案提出後国会の場でという事になる。

最後にこの請願の表題にもあるが「立法措置を行わない事」という要求は、言い換えるなら議案を議論する場を作るなと言っているに等しく、審議をしろという要求を相反しており矛盾をはらんだ要求である。

立法府である国会に立法行為を行うなと言う事は国会そのものの存在理由を否定する要求で有り、政府の立法行為を制限する権能を持った存在は現在のこの国のシステムの中に存在しない。端的に言えばこの請願の要求するところは無茶苦茶な論理だと言わざるを得ない。
確かに請願提出者の意見は民意の一つではあるが総意ではない。言わずもがな私も含めて一定数の日本国民の民意とは異なる見解である。100%とは言わないものの今回行われた閣議決定に関しては私の民意は反映されている。

その事を否定するのであれば次回選挙において意思を表明すれば良い。我々が国会議員に対して行使することの出来る法的に許された最大の権限は投票行為だからだ。

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論点2に進む前に閣議決定の全文のリンクを張っておく。
平成26年7月1日 国家安全保障会議決定

論点2:「閣議決定の内容は際限なく武力行使が拡大できるものとなってる」
これは明らかなウソだ。請願を作るにあたっては少なくとも閣議決定に目を通すべきだ。仮に目を通していたとしてもなおこのような主張を行う可能性は2つ、読解能力の欠如が原因か、大多数が原文を読んでいないだろうと考え意図的に誤った印象を植え付けようとしているか、のいずれかである。

閣議決定の中の”2 国際社会の平和と安定への一層の貢献”よりそのまま引用する:

(ア)我が国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない

(イ)仮に、状況変化により、我が国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止又は中断する

戦闘行為が行われている現場において支援活動は行わないという見解は、今回の閣議決定以前から何も変わっていない。

これ以上明らかな内容はないので次に進む。

もう一点、閣議決定の中の”憲法第9条の下で許容される自衛の措置”の中の(3)の中段に

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」と書かれた条件のもと自衛の措置をとる事ができる。
すなわちこの閣議決定の核になる集団的自衛権にまつわる記述である。

ここにある「我が国と密接な関係にある他国」がアメリカなのか、あるいは他の国なのか示せ!という主張にたいして首相は特定はしないと答えた。
それによって「我が国と密接な関係にある他国」は如何様にでも解釈が出来、結果中東やアフリカで起こった武力衝突に対して日本が「集団的自衛権の行使だ!」といって海外で戦争をするんだ!と解釈したいのだろう。

しかしこれも先の一文と同様に、読解力が欠如しているのか意図的に印象操作をしようとしているのか、いずれにせよ読めば明白な内容だ。

本文をそのまま引用する:
「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」

先の密接な関係にある他国に対する攻撃が発生した場合の後に更に条件が続く。

そこには
「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において」

と書かれている。

即ち仮に密接な関係のある他国がどの国で、どのような状況で武力攻撃をうけていようが、以下の状況
  1. 我が国日本がその存在を脅かされるような状態に陥り
  2. 国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される
  3. 明白な危険がある場合
がなければ武力行使はしないと書いてある。
あくまでも「自衛」の範囲を超えない行為である。

しかも丁寧に次の(4)には「集団的自衛権」という考え方は国際法上許されている権利でありこの場合は「密接な関係にある他国」が攻撃されただけで発生すると権利と解釈されているがあくまでも我が国の場合は憲法上の「我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるもの」として更に厳密に限定している。

よって以上の2点より「際限なく武力行使が拡大できる」という請願書の主張は全く根拠のない見解であり到底賛同できるものではない。

以上

  • 審議が不十分であるという主張
  • 海外で戦争をする国になるという主張

いずれも根拠に乏しい主張であるため反対の意を表した。
*************************************
さて自衛権とはどのようなものなのか。

これも親切に閣議決定の中に明記してある。

憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」
および
憲法第 13 条が記す「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」

以上2点を守る行為が自衛権でありその行使は合憲である事は当然だが、加えてこれを放棄すると言う事は言い換えるなら
国民の平和的生存権を放棄することであり、生命、自由および幸福追求に対する権利を放棄することである。

国は国民の命を守らない、と言っていることに他ならない。


面白いことに
日本共産党の書記長だった野坂参三代議士は第90回帝国議会において以下のような発言を
残している。
「要するに当憲法第二章(第九条)は、我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。それ故に我が党は、民族独立の為にこの憲法に反対しなければならない。」
引用元

紹介議員になっている共産党市議団のお二方にはこの発言に対する見解を伺いたいところである。

**********************************
はたして日本は本当に平和な国なのだろうか。今まで日本は自国の領土と自国の国民を守れてきたのだろうか。そして今、日本はどのような状況におかれているのか。

例1. 竹島
1945年にポツダム宣言を受諾し日本は敗戦を迎えた。
1946年GHQの監視下において作成された素案を元に日本国憲法が採択され翌年施行される。

それからたった6年後の
1952年、李承晩は一方的に李承晩ラインなるものを宣言
その後日韓基本条約が締結され李承晩ラインが廃止される
1965年までの間の13年間に、

328隻の船が拿捕され、
3929人が抑留され、
44人が殺傷された。

この中には幼い子供を持つ若い父親も居たという。

これらの人質は日韓基本条約を韓国にとって有利な内容で締結するためのカードとして使われた。

日本の自衛隊が組織されたのは
1954年である。

そして竹島は今も不法占拠されたままだ。

自分の国の領土を守る為の組織が存在しない国はいとも簡単に国土を奪われることになる。
これが「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」結果だ。

例2. 拉致
横田めぐみさんを含めた拉致被害者は北朝鮮の国家組織である武力集団によって組織的に自由を奪われ拉致された。

実に14歳の平凡な女の子が複数の訓練を受けた兵士によって攻撃をされ船底に投げ込まれ、自由を奪われ未来を奪われ家族を奪われ人生を破壊されたのである。

母親の名を呼びながら船底の木の扉をひっかき続け、北に到着したときその手の爪は全てはがれていたと言いう。
その他1000人近くにのぼるだろうとされている拉致の被害者を守れなかったのも
拉致の実行犯が「国家又は国家に準ずる組織」であったが故に憲法第9条が禁ずる「武力の行使」に該当するおそれがあることからだ。

国家ないしは国に準ずる組織を攻撃すると言う事は即ち戦争行為とみなされる可能性があるというのである。

いたいけな少女を含めたごくごく平凡な生活を送っていた日本の国民を守ること事すら出来ないのである。

そして特定失踪者と呼ばれる人達のリストは一番新しい例を含めると平成22年、ほんの数年前まで存在する。
決して過去の出来事ことではない。

私の娘が横田さんのように拉致され突然目の前から姿を消したとしたら、と考えるとその心中はいかばかりかと、身につまされる思いでいっぱいになる。

例3. 緊急発進と制空権
平成25年度の自衛隊機緊急発進は810回を数える。
平成23年以降2年間で倍増している。

自衛隊機の緊急発進、いわゆるスクランブルと呼ばれるものは日本の領空に接近してきた他国の航空機を追い払う作業である。

仮に自衛隊機のスクランブルがなければ、他国の航空機が領空はもちろん領土上空を飛行することになる。

制空権を奪われたから東京の空襲が可能になったのである。
制空権を奪われたから原爆の投下が可能になったのである。
制空権を奪われたから津市も焦土と化したのである。

制空権を奪われることは即ち地上に住む我々にとって死を意味する。

そのような状況を阻止するために硫黄島で我々の2万人を超える先人が戦った。
彼らは制空権を奪われることが何を意味するか知っていたからこそ、愛する者を守る為に自らを犠牲にして最後まで抵抗した。

彼らの犠牲があったからこそ我々は今日本人としてこの地で住むことが出来る。

そして今もなお一日に2回も自衛隊機が発進して他国の航空機を排除し続けてくれている。
そのおかげで我々は旨い物を食い、娯楽番組を見、酒を飲み、暮らしていける。

それほど重要な任務を担って頂いているにもかかわらず、ロックオンされても反撃を許されていないのが日本の自衛隊だ。

ロックオンとは言うなれば、撃鉄を上げた拳銃を顔の前に突きつけられた状態に等しい。いつ打たれてもおかしくない状況にありながらもじっと我慢して耐えるしかない。
自分の仲間か自分自身が殺されない限り反撃を許されない。そんな状況がどれだけ彼らの精神をむしばむのだろう。

我々を守ってくれている自衛隊員が彼ら自身の身を守る事を可能にする法整備を一刻も早く行う事こそ、身を挺して重要な任務に就いている自衛隊の方々に我々が出来る事ではないのか。

******************************
平和ぼけという言葉は聞いて久しいが、我々を取り巻く環境は決して平和ではない。それは先に述べた3例で明らかにしたつもりだ。

だからこそ万が一のことを考えて準備を整えておく必要がある。

誰も地震や津波が起こることを望んでは居ない。しかし堤防を作り避難訓練を繰り返す。

誰も火事で家を焼け出されたいと思ってなどいない。しかし保険をかけ火災報知器をつけ町には消防署が設置され万が一に備えるのである。

誰一人として戦争を望んでいる人など居ない。
自分の子供を戦場に送りたいと考える親は居ない。

しかし自分の愛する妻、そして子供を守る為に戦わなければならない状況に置かれたとするならば私は愛する者を守る為に望まない銃を取らねばならないだろう。
にもかかわらず相手が他国の戦闘組織だとしたら、戦争行為になるので攻撃してはいけない。自分の愛する家族を守ることが許されない。
こんなふざけた話は到底受け入れることは出来ない。

同様に先の大戦で犠牲になった先人は彼らの愛する家族を守る為に戦った。
我々が今日本人として生きていられるのも彼らの犠牲があったからこそだ。

今こうしている間も我々を守る為に前線に立っている人達がいる。
そのおかげで私はこんなところでブログを更新することが出来、稚拙な議論を展開することが出来る。

我々は様々な専門職に就いたプロに支えられ今この場を生きている。いかされていると思う。であるならばお互いに感謝し合い、またそれぞれが自分のすべきことを行うべきだ。そして崇高な任務を担う人達には尊敬する。それが国の在り方ではないだろうか。同じ国に生きるという事ではないのか。

特にインターネットを媒介として他者への非難や攻撃が蔓延する現代、我々は共に支え合って同じ国に生きている同胞だという感覚を思い出す必要があるように思う。

我々が国内でお互いを傷つけ合っても誰かが漁夫の利を与えるだけだ。

「我々の未来の子供達のために」という共通目標を抱くことで共に未来を築くことができるのではないかと思っている。

2014年9月17日水曜日

戦い続ける人

去る14日津市の新極真会寺家道場が運営企画した第4回三重県空手道選手権大会にお邪魔しました。

ニコ生中継のお手伝いで開会から閉会まで終日の予定だったおかげもあって、今回初めて各クラスの決勝戦までみることが出来ました。

特に印象に残った選手が二人います。

一人は50前の緑帯の選手。新極真では1年少しの経験のようですが明らかに他流派での経験が有るように見受けられる選手で突きも蹴りも基本をしっかり積み上げた方のようです。
延長になっても基本が崩れることなくスタミナも素晴らしく、決勝の相手はおそらく10ぐらいの年齢差があったはずですが、綺麗な技を出し続け見事に優勝を勝ち取りました。

もうひとかたはもやはり50前の緑帯。でも体系もスタイルも随分異なる選手。目立った技を持っていない無骨な選手です。ただ重心がしっかりしている事と、とにかく打たれ強い。決勝の相手は同じく10歳ぐらいの年の差があり、しかも身長も15から20センチほど開きがある選手で明らかに劣勢。
でも撃たれても撃たれても顔をゆがめながらただひたすらジリジリと前に詰めてくる。そして重たそうなパンチを操り出し続ける。この選手もスタミナが凄い。
終盤背の高い若手がバランスを崩す前に重戦車の様に立つ姿が印象的でした。試合開始時点と変わらないパンチを出し続け見事勝利しました。

双方年配の緑帯。技量や経験は差があるようですが共通していることはとにかくタフ。何よりも撃たれても前に出る精神力。

戦えばどちらも辛いそれは年齢に関係ない。それでもその先もう一歩出られるか出られないかが勝敗を分けるのだろうと思います。

**************
先日武雄市の樋渡市長がフェイスブックで「出る杭は打たれるが出すぎる杭は打たれなくなる」はウソ。出過ぎれば更に大きく打たれるだけ。

と書いていたのを朝のジョギングの最中思い出しました。

若手の選手の試合はもちろん技量もスピードも有り見ていて面白い。
でも愚直でもとにかく前に進み続ける、打たれて顔をゆがめながらも前に出ることをやめない年配選手の姿に実は感動しました。

すなわち俺も年を食ったのかな・・・・・なんて思ながら ^^
とても有意義な時間を過ごさせて頂いたことに感謝します。

2014年9月4日木曜日

9月議会中間報告

一般質問3日目
14:00現在
教育委員長に対する不信任動議が提出され2人の賛同者があり動議が成立
議長が暫時休憩を宣言。議会再開は未定。
会派室で待機しています。

2014年8月28日木曜日

9月定例会質問スケジュール

今期の質問スケジュールが
今日の午後の議会運営委員会でくじ引きにより決定しましたので報告いたします。

私は今回会派代表質問をする関係で初日の
9月2日の最後
16時20分から60分間時間を頂いています。

今回の質問内容は

議案質疑:
議案第77号
津市特定教育:保育施設及び特定地域型保育事業の運営の基準に関する条例の制定について

これはいわゆる認定こども園と言われる幼稚園と保育所を一体化させた施設と、超小規模の保育事業にまつわる定員やその基準に関する内容を定める津市の条例です。
このことに関する条文の内容および派生する津市の幼児教育の今後に関して訪ねる予定です。

一般質問:
民間業者による提案制度について
これは私が追いかけているPFI事業関連の質問です。
平成23年度の法改正以降いくつかガイドラインや施行規則が定められ
”民間事業者が行政に対して民間の視点を加味した斬新な運営計画”を民間事業者が主体的に自治体に提案できることになりました。

このことに関する津市の受け入れ体制について訪ねる予定です。

次に
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正
すなわち
一般に言われる教育委員会制度の改革に関連して幾つかおたずねする予定です。

最後に
骨髄移植ドナーの助成制度について
既出の質問内容なのですが、改めて津市の考えをお伺いすることにしました。

白血病など骨髄移植が必要とされるケースにおいて、提供者が提供しやすい環境を作る為休業補償を自治体が行うという内容で県内では3市、全国では42市町村が先駆けて実施しています。


一般質問に関しては順不同ですが
以上の4項目に関して今回は質問する予定です。

傍聴はもちろんweb中継もありますので関心がある方はご覧頂ければ幸いです。

2014年8月18日月曜日

LINEサギ

今話題のLINEのっとりサギがとうとう私の所にも来ました。

知り合いの先輩だったので最初の一言から怪しいと思ったんですが、案の定プリペイドカードの購入を要求されました。

カードを買った上で暗証番号を写真に撮っておくってくれという内容です。

google翻訳に頼んで「尖閣諸島は日本の領土」と入れたら口汚く罵倒して去って行きました。
とは言っても中国語で何を言われても翻訳を介してなので何のことか良く分かりませんでしたが。

私はそれほど繋がっている人が多いわけではないしヘビーユーザーではないのですが、そんな私の所にも来る様なのでかなりの頻度で乗っ取りが行われているのではないかと推測します。

プリペイドカードの購入を要求されたら、まず別の回線で(直接電話なりショートメールなり)を使って本人と連絡を取ってみると良いと思います。

また、乗っ取られた方はLINEのアカウントにアクセスできなくなるようです。
自分のアカウントにアクセスできない状態が仮におこったら、できる限り早い段階で繋がっている可能性のある人達に警告をしておくべきだと思います。

非常に単純なサギなので騙されないように気を付けて下さい。

2014年8月15日金曜日

8月15日:娘達を守るという事

松阪のくしもと整形外科の久志本京子さんの主宰する「横田めぐみ写真展」にうかがった。

めぐみさんは下校中ふたりの友だちと別れた後家からたった50メートルしか離れていない場所で複数の訓練を受けた大人によって突然攻撃され意識を失った。気が付いたときにはすでに船底に閉じ込められていたという。必至で母の名を呼び何とか逃げだそうとして壁やドアをひっかいたその手の爪は全てはがれていたと聞いた。

警察は許された威力を持って国内の悪意から国民を守ることが職務とされている。

外国のそれも国の機関である軍の兵士によって組織的に我が国の人達を脅かすテロ行為が行われたとき、事態は警察の職務権限を大きく逸脱し機能しなくなる。

全く平凡な普通の中学生だっためぐみさんは、他国の兵士によって暴力で自由を奪われ家族から引き離され弟とも会えなくなり、抱いていたであろう夢の実現すら断たれ未来を奪われた。そして同様に過去も未来も奪われた方々が千人前後いるかも知れないという。

はたして日本は本当に平和な国なのだろうか。

私にも娘が二人いる。この子達が突然居なくなり、そしてあろう事か誘拐され自由を奪われている事を知ったとしたら私は感情を抑えられるだろうか。怒りを抑えられるだろうか。そして国に訴えたとしても迎えに行く事が出来ないという事実を突きつけられたとき、その怒りを何処にぶつければ良いというのか。横田夫妻の思はいかばかりかと身につまされる。
たった200キロほどしかない日本海を隔てたその先に生きている。津から静岡ぐらいまでの距離だ。仮に平壌に住んでいるとしても津から札幌程度の距離しか離れていない。そんな目と鼻の先にいることが分かっているのに。

守るべき国民が不当に攻撃を受け誘拐されても奪い返すことすら出来ない国。拉致は70年代に終わっていたとしても外国の兵士ないしは工作員による個人を狙った小規模かつ組織的なテロ行為に対して日本の国が未だ国民を守る術を確立していないという現実は変わっていない。

自分たちの子供を、子供達の未来を守るために何をせねばならぬのか。

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そして12時をむかえるために護国神社にうかがい、1分間の黙祷を献げた。
娘二人と息子、家内を連れて。

2014年8月13日水曜日

台風通過後の出来事

昨日新聞に載っていた記事の現場である北長野に私も行ってきた。

11日の午後2時、台風が去ってから1日たってからの事なのだが、やはり増水した水の影響というのは時差を持って出てくるものなのだなという事を実感させる出来事なのではないだろうか。

私が訪れた時は陥没がおこってから24時間以上、雨のピークが過ぎてから48時間以上経っていたのだが川の流れは激しかった。

陥没したところは特に上流からの流れが集まるところで、いったん対岸の岩場に水がぶつかった後蛇行し、ちょうと陥没した所の真下に直撃するような形になっている。


県もどうやらここが水圧がかかる危険な箇所だと言う事を把握していたようで、最近も工事をしたところだったらしいのだが、残念ながら事故は起こってしまった。

大雨は必ず年に1度ないしは2度おこる事を前提に普段から危険箇所の状況をはあくして置くことが大事だと言う事を感じさせられた。

もちろん改善計画も平行して立てていかなければならない。











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 美里の規模とは随分異なるが、近隣の地域でも大雨の影響が少なからずあり、要望をうけ対処をした場所がある。

ありがたいことに市の対応は早く早速改修に来てもらうことになっていたのだが、原因究明も含めて出来るだけ再発防止のため根本から修繕をしてもらえるよう助言をさせて頂いた。

大雨の後は上がってからも色々崩れたり壊れたりという後処理がたくさんあり、2日にわたって災害対策本部に着きっきりだったにも係わらずまだまだ続く仕事に職員は追われている。頭の下がるおもいだ。

大変な仕事だがまだ年内に大雨が降る可能性があるので、しっかり対応をして頂きたい。

2014年8月7日木曜日

サオリーナの今後とか色々

明日は全員協議会および委員会協議会が開かれます。

全員協議会では
1. 新市まちづくり計画の変更案について
 平成の合併の折に国が合併した市に対して特別な補助として定めた合併特例債という代物が存在します。借金ではあるのですが国が大部分を補填するという約束で使用期限を10年と定めていたのですが、様々な事情で15年に延長されることになりました。
それを受けて同計画の中の内容を変更する事になりました。
因みに次に出てくる屋内スポーツ施設、通称サオリーナや最終処分場、久居の庁舎建て替えなど一部ないしは大部分この合併特例債を使って進めている事業があります。

2. 津市産業・スポーツセンター建設工事の進め方について
 3度にわたる入札不調を受けて今後どうするか、説明があり協議します。

また
私の所属する教育厚生委員会では
1. 津市における家庭的保育事業などの設備及び運営に係る基準について
2. 津市における特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に係る基準について
 この二つは保育所に係わる内容です。平成27年度より市が保育所や一部の幼稚園の認定や確認を行う事になりその事に係る法案整備のための協議です。
3. 津市における放課後児童健全育成事業の設備及び運営に係る基準について
 いわゆる放課後児童クラブと呼ばれる施設の基準が変更されることを受けて、津市での対応に関する競技を行います。


総務財政委員会では
1. 津市新型インフルエンザなど対策行動計画の策定について
2. 津市新斎場の設備及び管理などについて
3. 共同浴場「さくらゆ」指定管理者の指定取消について
4. 津市美杉ゲートボール場の廃止について

経済環境委員会
1. 道の駅河芸整備事業について

建設水道委員会
1. 津市下水道事業に係る地方公営企業法の適用について

が協議されます。


2014年7月28日月曜日

iPhone復活

このあいだばっきばきに割れた我がiphone5s。

交換パーツ売ってるって事なのでDIYしてやろうやんけぇ〜と思って即購入。

今朝到着したので午後から取りかかった。

Macの解体で散々使った星形が使えるかと思ったらサイズが合わず、量販店に行っても見つからず、新町の電化パーツに。

さすが老舗、取りあえず機材はゲット。

webのインストラクションに沿って分解は結構簡単にできたんだけど、戻すのが大変。

最初は道具も買ったから、画面割ったヤツは直してやるぜ〜ぐらいのつもりでいたんだけど、もうやだ。

ちなみに元々はブラックだったんだけどわざわざホワイトパネルを購入。

ホームボタンと色が違うパンダカラーにしたのは人と違うことに不必要なまでの執着をもつ私のこだわり。

なにはともあれiphone復活。




2014年7月24日木曜日

議会ページのスマホ対応

市議会だより編集委員会が開催されました。

この委員会は広報を担当するんだという考えの元、議会のページの見直し、スマホ対応も議論することに、今日決まりました。

前回4月の開催時に委員長に提案し今回議題に上げていただきました。

平成27年11月に原稿の契約が切れる関係で本年度中に予算上程をしなければなりません。

その期限が今年の11月。

あまり時間がありませんが、できる限り
みていただけるものに変えて行きたいと思います。

ご意見お聞かせください。

2014年7月17日木曜日

松とら屋本舗

中日スポーツ版
 人の出会いなんて何処でどう交わるか分からないものですね。

大阪のデイリースポーツの記者さん

松とら屋本舗というコーナーを受け持っている松下さんは普段「松とらさん」と呼ばれているそうで、それが切っ掛けで勘違いが勘違いを呼んで・・・
デイリースポーツ版

タダ顔が似てただけならお会いすることもなかったでしょう。

私が貴虎でなく、かれも松とらでなければこれまたなかった縁。

出会いに感謝です。

因みに昨日の中日阪神戦、普段は特に支持球団を持っているわけではないのですが、そんな縁でにわか阪神ファンに。
2−0で勝利、よかった。 ^^

松とらさん、ステキな記事にして頂いてありがとうございました。 m(_ _)m



2014年7月5日土曜日

発想の転換による公共施設マネジメント:PFI 講師:天米一志さん

昨日「竜馬プロジェクト」という研修グループの主宰する勉強会に参加してきました。以前から聞いていた名前で知ってはいましたが、加わるのは初めて。大阪周辺の地方議員が集まり興味深い講演とレベルの高い質疑、熱い懇親会と続くなかなか有意義な時間でした。

さて、PFI。プライベート・ファイナンス・イニシアチブ。津市もPFI法という国の定めたガイドラインに則って(ここ大事)新斎場を建設する予定もあり(可決済み)、関連して私も議会で何度か取り上げ質問をしたことがある内容です。(一冊の本しか読んでませんが)

かいつまんでPFIの骨子を話すと、今までオール税金でたててきた公共施設(箱物だけでなく道路や橋も含めて)を、上手く集金能力を付加することで証券化し配当を生み出すことで銀行や投資家から集めたお金で建設しちゃいましょうという考え方。

生まれはイギリスなんですが、日本に養子に来てからどうも歪んで成長してしまったような側面があるようです。

というのもイギリスでは元々財政難に陥っていて基礎インフラすらまともに整備できなくなっていた状況に「民間がが立ち上がって」(ここ大事)投資対象に出来るような事業に転換するアイデアを提供し、国が制度化した。
他方日本は政府がそれを輸入しようとして先に制度を作った。講師の話の内容だとどうやら当初はとても実のある議論を国会の中で交わしていたようなのですが、どの段階からか投資側の安全性が強調されるようになり(即ち貸した金が返ってくるような補償)、結局本家本元ではない考え方が入り込み日本型のPFIを作ってしまったらしい。

その一つが「サービス購入型」と言われる内容。ヨーロッパでの事例の殆どは「独立採算型」つまり建てるのも運営するのも民間が資金調達をして作ってしまう形。税金からの持ち出しゼロ。一方で日本で行われているPFIの殆どが既出のサービス購入型。民間が作ったものに自治体などがお金を払って提供されるサービスを買うという形。民間にとっては自治体が潰れない限り契約期間中確実に支払い続けてくれる顧客を得るようなもので美味しお客を得る方法。そこに発想の転換や新しいアイデアの入る余地は少ない。

じゃあどうやって配当を生み出すスキームを作るのか。
事例1
豊島区の作った庁舎。この上には高級マンションが建っている。つまり入居者が住宅を買うお金で庁舎建設にかかる費用のの全てをまかなってしまう方法。税金からの支出ゼロ。
実は後段で土地の所有だったり色々な法的な問題があることがわかって40年ぐらいたったら少々トラブルかも知れないという裏話は有るものの、基本的考え方としてはただで庁舎が建つというアグレッシブな内容。

事例1改
実例があるわけではないんですが、立て積みだと土地所有とか修繕の問題が出てくるので横に並べたら?という考え方。これなら事例1の問題は解決できる。

事例2
給食センター。津市にもこの間出来たばっかり。給食センターは学校給食を作る給食工場。他の物は作りません。だから夏休みとか冬休みも仕事はゼロ。これをPFIにすると、公共はSPC(スペシャル・パーパス・カンパニー:特別目的事業体)に対して欲しいサービスを提示する。(全校に滞りなく適切に安全な給食を提供すること)その他はSPCが何をしても構わない。当然収益が得られる他の事業、例えば高齢者の弁当やレストラン、食育講座の会場提供など「事業の多目的多角化」をはかることで利潤を捻出する。この場合当然ただで給食をゲットするわけにはなかなかいかない。だからある程度対価を払う必要があるでしょう。でも建設費ゼロ、維持費ゼロ、資産購入無し、というありがたい話がついてくる。

事例3
橋の建設。橋を作ってどうやって配当を出すための利潤を生み出すの?という質問が会場から出てきた。私も同じ事を尋ねようとしていた。皆が思うことは同じだったんだなと思ったんですが、これが面白い。かける橋の幅を倍にしたら良い。で、その橋としての機能以外の部分を不動産として貸すという物。目から鱗。橋を作って賃貸料を得るってわけですからね。ただ現行法的に色々な問題があるので例えば橋のたもとにビルを建ててしまう。これを賃貸すれば同じように収益が得られる。
この賃貸業務。実は地方公共団体は手が出せません。でも、SPCという自治体が契約した会社がどのようなマネージメントをしてもこれをとがめる法律はない。そんなかませを入れることで事実上公共の土地や建物(どの時点で所有移転をやるかは別にして)での経営の権利を民間が得ることになる。(ここが肝)

ここで大きいのは投資家にとっては会社単体が同種の事業をするのに比べて公共施設が入っている分信頼度が高まる。つまり投資対象として質の高い証券という事になる。

投資家サイドは自治体側の経営権の公開を待ち望んでいるというはなし、らしい(投資サイドの裏付けを取ろうと思っている)

以上わかりやすい事例を幾つか挙げました。
津市の斎場のダメだけ批判しても気が重くなるだけなので、夢のある面白い事例だけを取り上げました。

現時点までの日本のPFIは「ハコモノPFI」と揶揄されるほど、過去の三セクや民間委託と殆ど変わりのない状態に有る物が多いため、PFIに対する信頼はとても低い。
しかも地域の業者は大手のゼネコンが主導権を握った事業に使われるだけであまり良い思いをしていないことが多いらしい。

だから地方主体でSPCを作りましょうよ。という話でした。

確かに投資側からは100万人規模の周辺人口が以内と美味しくないよね。という見解があるようです。事実なんでしょう。津市単体ではまだ小さい。
それをSPV(スペシャル・パーパス・ヴィークル:和訳はSPCと変わらず特別目的事業体なんですが、ここにおいては別の目的を持つ会社として区別しました)が小規模の事業を抱えるSPCの証券を投資家にとって十分な規模にするため集約して投資対象にする会社をもう一つかませることで、100万人規模以下の事業も資金を集めやすくする方法も考えられている。

いずれにせよ、SPC:経営側も破綻させないためのアイデアや経営努力を求められる、自治体側も本来目的とするサービス提供の質を落とさないよう監視する知恵と経験を必要とする本質をしっかり見直してPFIの活用を真剣に考える必要があります。

国は「日本再興戦略」の中でPFIについて再度言及しています。
しかも今までの投資側からの不安を解消するための色々な法的措置も講じているようです。講師曰く国もいよいよ本気になってきたか?という内容らしい。

後は地方の我々が如何に気運を高め、考え、アイデアを出し、今まで諦めていた「今のご時世こんな物にこれだけの金額の物作ること出来ないよね」というような公共事業に一条の望みを見出すことが出来る可能性をしっかり説明し、皆で面白いことをやろうよという雰囲気を作ることだろうと思います。

継続してPFIとこれからの公共施設の在り方について追いかけていきます。
講師が冒頭で言っていた、公共施設マネージメントは足し算引き算(人口減ったから統廃合して要らない物は潰していまいましょうね、用途のない土地は売ってしまいましょうね)という単純なものではなく、如何に効率よく利回りのいいものに変えていくかという考え方。これををさらに勉強し、津市でも注目されるようなPFI事業が出来たらと思っています。