2011年10月27日木曜日

いよいよ来たか、津にも

「桑名の悪党と松阪の馬鹿」なんて言ってたら津にも飛び火しちまったな。
36才の若い職員。設計やってたわけだから当然数値は知ってるわけで現場にいたわけだから業者とも面識もあっただろう。
けど、
ほんとにそれだけかね〜〜〜。もっと周りに居そうな気が・・・・

ま、今後どんな展開になるのか。それ次第だな。

少なくとも次の定例会では確実に話題になるな。
少し私も勉強しないとな、この分野。
ほぼ無知だから。

辛い物は好きですか?

Adjica発音は「アジーカ」と「アッジーカ」の間みたいな感じ。
モルドバ料理です。
ルーマニアにももちろんあるみたい。ま、同じ文化ってか同じ民族だからね。

wikiで調べるとどうも出所はロシアのアブハジア地方みたい。

この間Açougue do ARLYNっていう輸入食材を売ってる店で生の唐辛子を売ってたので家内にリクエストして作った。
前に家内の実家で食べたし、送ってももらったし。これが旨いのよ。

分量としては
唐辛子5キロ
トマト5キロ
ニンニク1キロ
に肉厚のサラダ用ピーマン、パプリカを少し
で適量の塩
この通りの量でなくっても割合さえ合わせればできる。

こいつらをブレンダーで混ぜたらOK。

煮沸消毒した瓶に入れておけば保存もきく。

何に付けて食べてもいける。
肉とか、焼いたナスとか

一度おためしを。

2011年10月26日水曜日

ちょっとこれ、350円ってどう?ええの?それで。

吉田選手の報告会がまん中ひろばであって、その帰り。伊勢屋の前で牛の着ぐるみで弁当売ってたので見に行ったら350円って。

中心地のど真ん中でさ〜。そりゃ買う方は安くて良いけど、えらい消耗戦をしいられとるんやな〜と思ってなかなか複雑な心境。
だって、松阪牛うっとる精肉屋よ。

いや、一生懸命企業努力しとるって意味ではもちろん脱帽なんだけど、津城跡の近くで構えてる店がそんなじゃやっぱあかんよな〜と思うよ。観光客がガンガン来てさ、土産もんバンバン勝手ってくれるような状態で、その為に着ぐるみ来て店の前での販売ならまだしも、どう考えても売り上げ悪いから苦肉の策で弁当つくっとるって感じやからさ〜。

あそこの周りやっぱなんとかせんとな〜。とまた思ったわけ。

あじ?350円なら上等。

2011年10月25日火曜日

津山城視察の所感と津城跡及び周辺の開発


古い見事な藤棚だったので壊さずに残した。

藤棚の柱は櫓の柱位置と符号
 津山城の備中櫓を見てきた。
ま〜すごいわ。
完璧な復元。見事なレプリカ。

ここは幸い完全な図面が残っているらしく資金の調達さえ出来れば本丸も含めて全ての建築物を復元させることが出来るらしい。

とはいうものの図面は全てを示してくれない。例えば内部装飾。壁紙、畳の様式、棚、天井の装飾等々数え上げたらきりがない。これらの部分は復元に携わった担当者が当時の文化や城主であった森家の他の現存する文化財などを参考にして計画書を作り文化庁に提出。文化庁が納得して初めてOKがおりると言うような事を幾度となく繰り返したらしい。

また櫓はもちろん戦国時代には戦闘用の建築物だったわけだが、どうやらここ津山城では江戸時代に入って改修され奥の院のような使われ方を最終的にしたらしい。
その結論に至った根拠は本丸の御殿が狭いこと、御殿から同櫓まで橋が架けられていたこと等の証拠から。
大理石部は壁、他畳部分、板部分など素材を分けて表示

結果畳が敷かれ壁にも天井にも装飾がされ、茶室も再現したんだという。だから備中櫓の内部は殿がプライベートな時間に使用したであろう御殿としての内装を施してある。
1mの石垣が在った位置。視界を遮るため植え込みに
 様々な装飾部分は県外の様々な職人に発注をして作らせたものらしく細部に至るまで復元担当者の思い入れが込められている。

多くの復元建造物が耐震対策のために地表を削ってコンクリートの土台を作っているらしいのだが、津山の担当者は「そんな工法は慶長時代に存在しない」というこだわりから重しの石を並べて櫓をくくりつけている。基本石垣の植えに乗っかっているだけの建物なんだが、土台の木を石の凹凸に合わせて削っているため真っ平らでなく横揺れには確実に絶えられると自信を持って語っていた。しかも栗の木を使っているので腐らないらしい。

ここでは書ききれないほどに「徹底的に当時の物の復元」という考え方にこだわって作った櫓。東京の国立図書館など様々な文献を掘り返して3年近く研究に費やしたんだそうだ。その為に学術員も臨時で雇用したりしたらしい。
つまりこの櫓は調査研究の集大成。この櫓を見ることそのものが研究内容を知る実体的資料なんだという考え方だ。

補強した石垣の石は別の色に
 見事な徹底ぶりだ。そのぶんすばらしいレプリカが出来た。
鍛冶屋に特注で作らせた和釘

ところがだ。
鍛冶屋に特注で作らせた和釘

櫓の構造が見られるようにした受付部分
 津市の場合は教育委員会生涯学習課の中の文化財担当がこの事業を担う部署になるわけだけど、教育委員会の管轄にある人達には、観光名所とか集客とか地域活性の核、といった視点が欠落している事が多い。津山の場合はその典型。

おそらく研究対象物としての考え方ならばこの津山の担当者の考え方ややり方は100%ただしいんだと思う。

しかしこの櫓を建てるに当たって文化庁と約束をした環境整備「つまり石垣の修繕とか文化庁の要求する文化財としての在り方に準じた形に整えていく作業、つまり明治以降に作られた元々存在していなかった物の撤去」が資金が調達できないという事で頓挫している。

公園の入園料300円が直接の収入で、櫓にはいるのは無料なのだが、この歳入では焼け石に水だとか。
しかも本来なら環境整備が整えば全ての建造物が復元できるだけの資料が残っているが、それらの物を作るだけの財源も無い。
もちろん50年後には修繕をしなきゃならないらしいがその財源のめどなんかはなから考えていない。

一方で城跡から駅までの間に商店街が存在するがここは見事にシャッター通りと化している。またこの近くに町並み保存地区があるがここも商業的には成り立っておらず店は殆ど閉まっているらしい。にもかかわらず景観計画をつくって建築制限を課すらしい。

経済的側面から見ると持続性も拡充計画も欠落した事業だ。

当初は地元のJCが城の復元をめざす運動を行っていたらしいが、実際の復元事業には一切タッチしていないらしい。
復元に関する見解の相違が原因のようだ。
そりゃそうだろう。
JC側は地域活性の目玉にしたかったんだろうから。

果たしてここから津は何を学ぶべきか。

城の復元だけに限らず行政の行う全ての事業に於いて持続可能な計画という考えを確立すべきだと思っている。

例えば物を建てれば必ず出てくる10年後20年後の修繕が必要になる。その資金をどこからまかなうのか考えておく、あるいは財源を確保できる収入源を確立しておくと言うこと。さらには当初事業では出来なかった計画も、確立された収入を元に段階的に随時拡大していく。それが持続可能な計画だ。
これがないとどうなるか、財源は常に市の予算からの捻出と言うことになりその都度議会での承認も含めて様々な時間のかかるステップを踏まずして実行できなくなる。
襖の取っ手
そんな理由で多くの施設が修繕の最善の時期を逸して、結果より多額の修繕費が必要になったりという弊害が起こりうる。

現在存在する様々な事業計画がこういった持続性という部分に意識が馳せられていないように思う。

以前にも一度全員協議会で出した凡例だが、なぎさまちの駐車場。土地の賃貸料として毎年たしか合計1500万払っている。立体駐車場にすべきだという意見があっても予算がないから出来ないという。
釘隠の装飾部
 駐車場全体のキャパがおよそ500台。平均駆動率をざっと70%にすると350台X365日だと127000台。それが500円ずつ払ったとすればおよそ6400万の売り上げが見込める。
 とすれば地代を差し引いてもおよそ5000万毎年収益が上がる。立体駐車場を作るのに1億5000万かかるという事らしく、およそ3年でこいつか可能になる。
居間
 一日500円徴収しないことと、独立財源を確保して段階的に設備を拡大していくこと、どちらがよりよい住民サービスだろう。私は明らかに後者だと考える。


津城跡の今後の整備及び開発に於いても持続性のある計画を作るべきだ。

津城の櫓の再建やそれに伴って最低でも私が平行して行うべきだと考えるのは津市の郷土資料館の設置、そして周辺地域の開発・活性化。

居間の畳
役所はまず最初にどうやって国庫補助を受けるかという思考をするだろうから、放っておけばこれらそれぞれ別々の事業として予算を立てようとするだろう。
結果津山のように意見の相違が出来てJCは復元から手を引き、市はレプリカ作りだけに資金を投入し築城400年記念の花火を上げた物の維持費もまともに捻出できない荷物を抱えることになる。もちろん見事な教育資料として高価なお荷物だ。

天井の装飾
 私は包括的な開発をするためにも持続可能かつ段階的に開発拡大をしていくためにも独自の財源を確保すべきだと思う。計画次第では国庫補助も県の補助もなしにこれら全てが出来るかも知れない。PFIを使えばその穴を通過できるように思う。


二条城の物を参考にした襖の鍵



茶室

2階部の壁紙

消防法クリアのための苦肉の策・取り外せる

2階部姫の間の天井

櫓部分・壁の部分に大理石を使用



修復した石垣。色を変えて表示

備中櫓

津市展・やってます。30日まで。

 今年は奨励賞を頂きました。
ありがとうございます。

今回は洋画と日本画はポルタです。
30日までやってます。

ぜひご来場下さい。

多くの力作が展示されてます。


津山ホルモンうどん


  津山の城跡と備中櫓をみに行った。
朝から移動で昼頃到着。
昼飯は津山で、ってことで日本食料理やを予約しますなんて言うから地の物を食べたいんですけどってことで紹介して貰ったのがここ「くいしん坊」。

津山の議会事務局の方曰くここは昔から近くに大きな屠殺所があった関係でホルモン系が安価に手に入ったので自然に出来上がったのがこの「ホルモンうどん」なんだそうだ。
そこら中にホルモンうどんを出す店はあるんだけど、基本小さくてすすけてて汚いんだけど、ここはその中でも若い人がやってて綺麗で旨い。SMAPのだれだったかも来て結構評判の店ってな事だそうです。

2009年のB1グランプリの賞状もあった。

ホルモンうどん以外にも色々在るみたいなんですが、ホルモンうどんを食いに来たわけですから外すわけにはいきません。

ランチ用セットでホルモンうどんと他色々な組み合わせのメニューがあったのでホルモンモダンってやつも合わせて注文。二人で分けた。


しっかり脂ののったホルモンやセンマイなんかも入ってた。

モダンの方はたぶんおたふくソースかな。ホルモンうどんの方は醤油系の味付けなのかな?ま、何にしても旨かった。

ちゅうか焼きうどんにホルモンが入ってる時点で不味くなるわけがない。

もだんも旨かった。


また来る機会があれば。



2011年10月23日日曜日

南知多に行ってきた。魚ひろばと花ひろば、インター近くのコスモス群

 家内の所属する画壇・旺玄会の愛知と三重の合同で年に一回行われる写生会で知多半島の先端にある師崎にいってきた。

 娘達も連れて二日ほどゆっくり出来る希な時間。

普段娘や家事に追われて集中して絵を書かせてやれない事もあって、この時間だけは100%私が子守役。

初日は雨は上がった物の少々曇り気味。でも二日目は気持ちの良い散歩日和。家内も十分絵を描いて満足、娘達も鬼ごっこでグッタリ。

遅めの昼飯を食うためにgoogle mapにのってた「魚ひろば」に行ってみた。

なかなか景気もよく周辺の人達も含めて結構買いに来てる見たい。

ようするに直売所。

敷地の一番奥に海鮮丼とか食わせてくれるところがあったので食ってきた。

ついでに少しの土産と晩飯も調達。

昼飯の海鮮丼だけど1000円。もちろん不味くはなかったんだけど、鳥羽の直売所の法がもう少し良い物乗ってたかな〜。活車エビなんかのせてくれたからね、鳥羽は。

土産物も大アサリが一つ200円。セル牡蠣も2000円。

いくら150gで1000円だけどシワシワになってる別段ど〜って事無い普通のいくら。

解凍マグロの中トロを買ってきて晩飯に食った。さすがに旨かった。脂ののりがすごい。でも安くはなかったな〜。

でその帰り南知多道路の終点豊丘の目の前に突然コスモス群が広がってて思わず車を止めた。

そのほんの少し手前に「花ひろば」ちゅうのがあるらしい。年中色々な花を植えて、果物とかの収穫もしてる見たい。どうやら商工会議所の事業のようだ。
花ひろばには行かなかったんだけど、我々が目にしたのはたぶんインターから花ひろばへ導くための宣伝ってなところなんだろう。

地形を見てみるとどう考えても元々田んぼ。あぜとか残して田んぼにそのまま花植えてる感じ。米作るのとどっちが儲かるのかは分からないけど、一帯の農家を説得して借りてるのか、何にしても米の消費が落ちている中粋な転用だと思った。さすがにここまで群れを成して咲いていると留まらずにはいられないらしく、我々以外にも5組ほど車をとめて写真を撮ったりしてた。

花ひろばと言い魚ひろばと良いひねりの無いネーミングだけど、観光収入を目指してるんだという点で地域の焦点が絞られてるのかな。だから休田もこんな風に有効活用できるんだろう。

インターから降りてきた人達にとっては良いお出迎えだと思うね。



2011年10月21日金曜日

むっちゃ久しぶりにカレー作った

 この10年以上カレーって作ったこと無い。出されて食ったことは無いことはないけど。
ってのは私の化学調味料嫌いが原因。

カレーのルーって何処で見てもだいたい入ってるんだよね「アミノ酸」

ところが、昨日。
マルヤス南が丘店にいったらあったわけ、化学調味料入ってないルーが。
そいつがこれ フリーデン スパイシーカレー 
で、肝心の味ですが「旨かった」。いかすぜマルヤス。

とはいってもだしに相当する物があんま入ってないから結構こっちでスープを作らなきゃならない。
すじ肉とすね肉を煮込んで鰹節まで入れたんだけど、やっぱカレーの味が強いから中途半端なスープじゃ負けるみたい。
次回は鶏ガラと荒削りの鰹で一晩かけて出し取るか。
あるいは水じゃ無くってワインで煮るかな。前にテールと野菜をワインで煮てトマト入れてシチュー作ったんだよね。あれが旨かったからね。それでもいけるかも。安い紙パックのワインでも十分だからね。

あとちょっとコクみたいなんが欲しかったので冷蔵庫にあった乳製品、サワークリームとチーズを足して、醤油入れて、蜂蜜も少し入れたかな。

いずれにしても
「美味であった」

2011年10月19日水曜日

津市国際交流デー・しゅーりょー

 今年も参加しました。国際交流デー。
前の日まで雨が降ってて朝は地面も少しぬれ気味。
でも昼時には暑いぐらいの陽気。

身重の家内も頑張ってくれました。

津音頭保存会さんもまた来てくれました。

津祭りの時の出店メンバーも何店か参加。

ところでさ、

来年は津城跡でやらない?

今日行った福山市もさ、城内の広場で菊花祭やったりしてるし、この間の伊賀でも上野城前でイベントやったりするわけでしょ。

そう言う活用って大事でさ。それで人が集まるわけだし。今はまだ中に入れない櫓と噴水しかないけど。

福山城なんかさ、ま、もちろん天守閣があってそこに歴史資料館があるわけよね。

国の指定史跡なんだけどさ45年ぐらい前に鉄筋で建てちゃったんだよね。戦前まで天守はあって写真が残ってたからそれを元に作ったみたいなんだけどね。だから外観は雰囲気だけは残ってる。

 でも指定史跡ってやつは近代建築物一切ダメってなやつだから、
「今じゃ絶対建てられないですよね。」
 って福山市の市役所の職員も言ってた。
それでも50年近くたつとそれそのものが文化財になるんだってさ。

そんなもんなんだよ。

だから四角四面にあれもこれもダメってやったところで人が来て見て学んでく物がなきゃ
な〜んの意味の成さない無用の長物なんだよね。いくら一生懸命忠実に復元した櫓だとしても。

 って、本題に関係ないな。

見てよこのペルーの人の娘。

英才教育だよ。ギター引いてスペイン語で歌うんだから。

ちゅう事で
来年はお城公園で。
だめ?
搬入が難しい?
PRの一環だとおもってさ。
せっかく盆踊りも来てくれるんだし。

「日本」の空間で共生しないと。やっぱ。
ねぇ?

 どお?