2011年2月27日日曜日

高洲にて問題発生!!!!イベント中止の危機

午後2時過ぎに高洲の自治会長より突然電話が入った。

小林くんこんな事されては困るわ。3月27日のイベントは中止してもらわなならん。

状況がいまいちつかめないまま高洲に急行した。

イベント開催予定の高洲公園でフットサルの試合が行われていた。公園を囲むように車が十数台並列駐車されている。公園をほぼ占領する形でコートを作成。試合を行っていた。

近所のおばあさんが子供達がボール遊びをしようと思ったが危なくて入れないと自治会長に苦情が入ったらしい。

以前より自治会長からはボリビア人やペルー人達の公園の使い方に不満を訴える声は聞いていたが、今回初めて状況を把握した。

自治会側からの言い分はこうだ。
  • 本来フットサル用の施設ではないこと
  • 公共の公園であるにもかかわらず地元の子供達が本来の公園としての使用を出来ないような形で占拠されている
  • フットサルを行える競技場は近くにも他の地域にも存在する
  • それらの施設は使用料がかかるがこの公園には使用料も定めてなければ使用許可書なども本来フットサル用に作った施設でないために存在しない
  • ただで出来るからという理由でここに流入されてくるのは困る
  • 車も公園を囲むように路上駐車をしており危なくて歩けない


最後には路上駐車の件で警察まで来る始末に。

幸いボリビア人及びペルー人側には日本語をかなり話せる人たちがおり意思疎通に大きな障害はなかったため自治会長自身も話をしたのだが、私が仲介にはいる事にした。

彼らがフットサルを楽しみたい気持ちは良くわかる。私も何とか自治会側が極論に達してゴール撤去、入場禁止といった強硬手段を講じないように、自治会側の言い分をボリビア人に説明した。

問題は現在に至るまで双方の間でルール作りが行われていなかったことだ。自治会及び日本人住民側は一方的に不快感を募らせてはいるものの、今に至るまでその理由を相手側に適切に伝えておらず、改善すべき事項も明瞭に伝えていなかった。

外国人側も喧嘩別れを望んで居らず状況の積極的解決を望んでいたため双方代表を立てて会議を持つことを提案し双方が承諾した。

後一試合残っていたためそれだけはやらして欲しいという要望にも自治会長側は寛容さを見せ、とりあえず路上の車を近くの空き地に移動させ、一試合だけ終わらせて今日は帰るということで収まった。

代表者会議が行われルール作りが成されるまで当面フットサルは凍結という事にした。

自治会長側は私のイベントに関しては、周りの掃除もしてくれるということだし、地域に対する貢献も含まれているのでフットサルをしても構わないという見解だったようだ。
加えて月一回ぐらいならという許容幅も見せているので解決の余地は多分にあると感じている。

もちろん今の時点ですでに絡まっている感情をこれ以上逆撫でして複雑化させなければの話だが。

少々焦ったのも事実だが、こういった直接的対話と和解交渉を行い摩擦を防ぎ調和を築き上げる事が私のイベントの本来の趣旨である。掃除やフットサルそのものではない。
だからむしろこういう形で自治会長に呼び出され、現場の状況を見、外国人側とも上手く話が出来たことは大きな収穫だった。

今後の交渉を上手く運んでいきたいと思っている。

2011年2月24日木曜日

縁は異なもの味なもの、アナログ/デジタル、出会い

PC歴
私は結構デジタル機器に依存度の高い人間だと思っている。私のファーストコンタクトは中学の時に父親に買ってもらったカシオのMSX。MS-BASICがインストールされててロムを入れずに立ち上げると確かBASICがいきなり立ち上がったはずだ。3音同時出力が出来るビープ音で君が代を演奏させて、画面に白四角と赤丸を数値でドローして当時いくつだったろう?70代ぐらいだったはずの祖父に見せた記憶がある。チープな音源で祖父が喜んだとはとても思えないが、そんなことをして遊んでた。

その後NEC-PC88を買ってもらって、次ぎに98。DTMの走りで今考えればおもちゃみたいなソフトだったが、ドラムパートとベースパートを打ち込みして外付けのMIDI音源を経由してラジカセから出力して、下手なギターで氷室京介と布袋寅泰のいたバンド、ボーイの曲をよく練習した。決して上手くはならなかったけどね。

その後大学に入ってからMacに転向、以来ずっとmacユーザーだ。

過度なデジタル依存
小さいときからせっかちで、父方の祖母曰く、”だだくさ”な人間で、字がとてつもなくヘタ。今でも小学生低学年みたいな字しか書けない。
そんなこともあって、手紙の宛名を書くのでもレイアウト設定済みのデータベースから出力する。娘の幼稚園の入学願書に書く備考欄も、わざわざ印字部を定規で測ってイラストレーターで位置あわせをしてプリンタで出力する始末。芳名帳や役所での書類手続きは大の苦手。キーボードがないと漢字も出てこないぐらい馬鹿だ。

そのおかげか逆にタイプは早く思考とほぼ同じスピードで入力できるから、文章を書くときにペンと紙を使ったのははるか過去の遠い話。タイプしないと文章が思いつかない。

大学は電子情報工学科を選考、プログラムを学んで、今に至る。内の会社のページもPHPをベースにjavascriptとSQLを使って自作で立ち上げた。今はファイルメーカーを使ってるけど。デジタルの利便性をよく理解してるのでいろいろな事務処理は可能な限り全てデジタル処理すべきだと思ってる。データーベースは個人の処理能力を爆発的に拡大すると確信してる。

えらい前置きが長くなった。

だからこそアナログ
デジタルの利便性をよく理解しているが故にその限界も良く解る。だから一層アナログの重要さを感じることが多々ある。生の音楽は録音されたCDとは比べものにならない。
一度モンゴル系の人が馬頭琴一本で馬の競走を表したという演奏を聞く機会があった。二本の弦と弓。拡声器を少し通しただけのたった一人の生演奏。しかし会場全体がそのリズムに魅了され、私は草原を馬が走る情景を奏者の周りに見た。あのときの衝撃を文字にするのはすごく難しい。心臓が躍った。

そして人との出会いだ。
つい先日”自民の重鎮、中川秀直先生とおあいした” というタイトルの投稿をした。これもまさにアナログの重要さを感じさせられた出来事の一つだ。やはり人は会って話をしないと分からない。もちろん会っただけで全てが分かるわけではない。ただ、会って得る情報量は読んだり聞いたりするだけの情報に比べて格段に多く、その人を”感じる”ことはやはり会わずしては出来ない。

デジタルのコミュニケーションはこれを大きく補完する。家内の国は遠く離れているので容易に会うことは出来ないがskypeからは計り知れない恩恵を受けている。
よく家を数日間空けることがあるが、そんな時でもビデオチャットで子供の顔と家内の顔が見れるとうれしい。技術の革新はすばらしい。

SNSを通して新しい人と出会うこともあった。デジタル経由でも新しい出会いがある。そしてその後、生で会うというパターンもすごく有益な方法だと思う。決して出会い系の話をしているわけではないことは誤解しないでいただきたいが。似たような意識を持つ人が繋がっていくtwitter。そしてそこでの出会いが新しい物を生み出すことは今更語る必要もなく、要は人と人が出会うこと、交流を持つこと、それ自体がエネルギーであって、無を有にする作業だと思うのだ。数が増えれば規模が大きくなり生み出されるエネルギーは莫大になる。何を基軸に集まるかはもちろん重要で、建設的で生産的な意識でどんどん集いたい物だと思っている。ネットは人の意識を増幅するエンハンサーだと思う。

such a small world
昨日上京中に在京の友人に電話、突然翌日会うことに。時事通信社の13回でラグビー関係の会合があるから来る?なんて言われて。
で、昨日行った。ラグビーの話なんてするのは高校の時以来だ。部室がくさい、サッカー部によくコートを取られたとか、そんな些細な話でものすごく距離が短くなる。皆初対面なのに。中にはラグビー界のとんでもないお偉方も居られたのだが、高校3年間弱小チームでお遊びをした程度の私には良く解らなかったのだが、どうもとんでもなく偉い方のようだ。
で、その中に一人だけ英国人がいた。年配の方で、でもゴールデン・オールディーズだったかな?って形で今でも楽しくラグビーをプレーしてるらしい。
で、その人。一次会が終わって次の場所に移動する際に路上で話をした。
で、どういう繋がりでここに来たの?当然の質問だ。なにせ参加者の7割近くが時事通信社の人なのだから。
”いや、昨日たまたま知り合いに電話をかけたら今晩の会の事を知らされて、彼自身私がラグビー部だったなんて事はしらなくって、とりあえずここであって後でまたどっか行くか程度のつもりだった。普段は三重の津にいるんだけど、家内がモルドバ共和国ってヨーロッパの小国出身で、彼は学生の時にルーマニア留学してたことがあってそれで知り合ったんです。モルドバなんて国知らないでしょ?”
っていったら、いや。モルドバ知ってるよ。実は私の家内の兄弟(兄だったか弟だったか) がモルドバ人と結婚してね。

え?!マジで?
みたいな。

そこで話は終わらない。
家内の実家は三重県の津市って所でねって言うじゃない。
おいおい、俺津だよ!

ホント?

って、津に住んでるモルドバ人って二人しかいないよ!

って事で名前が出て、かみさんの友達だって事が判明した。ってか他にあり得ない。ってかこんな事普通あり得ない。確立統計は苦手なんで良く解らんが宝くじ当てるより希なんじゃねーか?っつぐらいの偶然。

そして内の家内ともう一人のモルドバ人はモルドバでも実はご近所さんで、家内の実家から2つか3つぐらい通りを上っていったところにある家の人で、家内の姉と同級だったとか。

なんだろ〜ね〜。

だから人とは会わなきゃいけないな。ってまた再認識した次第なんです。

2011年2月23日水曜日

自民の重鎮、中川秀直先生に会いました

自民の重鎮、中川秀直先生にお会いしました。
といっても私が会見したわけじゃなくって、マレーシアの国会議員の一団が訪日して国会訪問をして、先生とマレーシアの議員との通訳をした訳なんですが。

さすがです。

実は安倍晋三先生にもその前にお会いして通訳をしました。さすが頭の回転の速い人だというのが印象です。

どっちがどうなんて正味30分のやりとりで何か判断できるわけではない事は重々承知してますが、

中川秀直先生は通訳をしていながらも、

あ、すごいわ。この人。

と感じさせられた人でした。

こういうのをある人はオーラって言うのかも知れません。話す内容はもちろん話し方表情、それら全てを総合して、我々人は相手の印象というものを感じるんだと思います。

そしてそれは早々容易に取り繕えるものでは無くって、その人の内面がその如く現れてくるんだと思います。
卑屈な人は卑屈な表情をするし、自信のない人は自信なさげな風貌だし、心の広さ、知識の深さ、教養の高さ、そんなものってのもやっぱりにじみ出てくるんだと思います。そしてそれは一朝一夕に形成されるものでもないし、多分にその人がどういう生き方をしているのか、ということに委ねられてると思うんですね。

その人が正しいのか間違ってるのか、そんなことはこういった印象で判断できるものではないと思います。ただ、尊敬できる人なのかどうかってのはある程度分かるかもな、と思った次第です。


ちなみに
政権交代、与野党のねじれ、現政権に関する質問に対して返答されたのが、

***************************************

マレーシアも日本も民主主義国家として同じ価値観を共有する国家だ。幸いにして今中東で起こっているように路上で講義活動をせずとも国民は国民の望む政権を選択する事が出来る。

何処の国でも今圧倒的過半数を獲得して与党になれるような政権は民主主義国家の中ではほとんど無い。
何時でも政権交代は起こる。

ネット社会が広がることで今まで隠せてきたことがドンドン表に出てくるようになった。問われているのはそれを隠す手だてを講じるのではなく、リーダー達が質を高めていくこと

政治とカネなんて事で政権を非難することよりももっと重要なことがある。

どんなビジョンを持ってどんな日本を築いていくのかという事。
次の世代に我々が負債を追わせるようであってはいけない。投票率の高い高齢者が気に入るような口当たりの良いことだけを公約に掲げて選挙に勝つことだけやろうとしてたらいけない。

本当の質が求められている。

***************************************

大凡このようなことを語られた。

ネット世代的に言うなら

禿同!!