2010年12月24日金曜日

多文化共生啓発イベント

県広報より入手。
1月15日土曜日
1月16日日曜日

11時より16時まで
松阪ショッピングセンターマーム
松阪市船江町1392-27

主催:三重県多文化共生啓発事業実行委員会

外国の音楽やダンスを通じた文化交流、国際交流団体の活動紹介など

問い合わせ
生活・文化部 国際室
059-222-5974

県レベルだと二日コースなんですね。
時間取れると思うから行ってみようと思います。

2010年12月21日火曜日

自由・権利・責任

私が徘徊するところで最近特に東京都の条例可決に関するコメントを良く目にする。

多文化共生とは直接関係ないトピックなのだが色々危惧するところがある。

以前イスラエルの女性で元司法長官だかを務めた退役弁護士の方の通訳をした際に、何の会話だったからは覚えていないのだが、権利に関する内容に話が向かった。
その際に彼女が言ったのは
”他の権利を凌駕する絶対的な権利は存在しない”
という言葉。
そして時に異なる権利と利害が衝突した際にそれを折衝するのが法廷だという言い方をしていたのを、”表現の自由”という言葉が乱舞している今、思い出した。

 表現の自由とは確かに法によって守られた権利であるだろう。しかしこの自由と権利はそのほかにも多数法的に約束されている権利の中の一つに過ぎない。

親は子供を保護し養育する権利があるが、その権利はある特定の状況において制限されることもある。親に養育の能力が無いと見なされたときだ。子供は適切な環境で育てられる同じく権利を有しているわけで、これが阻害される可能性がある場合はそれを阻害する権利を制限できる。仮にそれに意義がある場合は法廷で争うしかない。

法律の専門家ならもっと適切な凡例も出せるのだろうが、残念ながらずぶの素人だ。
とにかく東京都の判断に意義があるのなら、特に出版会社に至ってはそれこそ法廷闘争すべき問題なのではないか?
イベントの集団ボイコットをして都が規制しようとしている対象作品とは直接関係のないユーザーも巻き込んで”不適切な作品の規制ではなく、行政による出版業界への圧力だ”とでも言わんばかりのアピールは、ここまで来るとむしろ焦点を意図的に歪曲した扇動のようにさえ感じさせる。
みんながこんなに反対してるんだから可決すべきではないとでも言わんばかりに。果たしてこれは民主主義なんだろうか?
扇動とそれに惑わされる大衆という図式を悲しいかなここ数年何度となく違う形で目の当たりにしているだけに、これもまた非常に憂慮している点の一つだ。
奇しくも古代民主主義の発祥の地ギリシャでは大衆の扇動の結果国家が破綻したと言うではないか。

ともあれ人の営みの中で生まれてくる行動には全て自由と権利に裏付けられた側面がある一方で、いかなる自由行動もそこに常に責任がセットになって存在していることを忘れてはいけない。
責任の伴わない自由は自由とは言わない。無法、無秩序、混沌である。身勝手な主義主張が飛び交い自らの要求を通すことのみが声高に語られる集団において、自らの要求に責任を持たなくなった者達が集う社会はいがみ合いとぶつかり合いの絶えない、闘争の社会。そこからは平穏や安心は消えて無くなってしまうだろう。

東京都の条例が規制する物を規制した場合と規制しない場合において、社会全体の利益のバランスを考えてどちらがより有益なのかという視点で判断すべき問題なのではないだろうか?

2010年12月19日日曜日

国際交流フェスティバル@アスト津・終了(私、日本人なんですが・・・)

今回初めて参加した、みえNPOセンター・ワーカーズコープ及び国際交流フェスティバル企画委員会の主催する国際交流フェスティバルに今年初めて参加した。
前回の津市の企画と比べて室内と言うこともあり手狭ではあった事、また食品を扱うところがブーストは別に設けられていて、展示ブースは基本的に物販ないしは活動紹介をメインにしていた事などから、ブース間の総合交流が盛んだったような印象を受けた。モルドバのことに関して随分尋ねられて、紹介文を印刷した物でも作っておけば良かったかなと思った。



いくつもあった出会いの中から、国際交流に特化した活動をもう20年近くしていた方と知り合って先人の知恵を幾つか頂いた。彼女が積極的に支援していた8ヶ国ぐらいの国の当時外国人だった人たちは皆しっかり三重にに根付き、地元の日本人以上に日本に対する想いが強く、ゴミを安易に捨てる人などに対して、何で自分の国を大切に出来ないんだ!と憤慨することすらあるとか。すごい!やっぱり多文化共生はここまで行かないとダメですな。
今後とも色々教わろうと思っています。

先月の津市のイベント、今月のイベントと続いたが、こんなイベントはもっと無いんだろうか?という問いかけがあった。実際私も共に今回が初めての参加でこれ以外で私の知っている国際交流色のあるイベントはおそらく秋に参加した河芸の千里が丘団地の盆踊りぐらいだろうか。(私の掃除企画を除いて)
しかしながら久居や鈴鹿などでは必ずあるはず。こういった”他にもないの?”というニーズもあるわけだから国際交流系のイベントの情報収集にも力を入れてここでアップしてみようかと思っている。

逆にそんな話が入ってきたらコメントでもメールでもtwitterでも教えてくれる方がいたら感謝します。

ちなみに1月には家内のモルドバ料理を教える会があるかも知れない。おそらく17日月曜日、昼ぐらいだとの話。
あと2月にもユネスコの関係で津のリージョンプラザでモルドバ料理の講習会の予定が5日に開催される予定。
いずれも参加申し込みなどに関しては現時点で詳細ほとんど分からないのでわかり次第報告いたします。

で、
余談なんだが、今日のイベントでモルドバの国の説明をひとしきり語った後で”ところで日本の人ですか?”と随分聞かれた。
さらには”随分日本語お上手ですね!”なんて・・・・

実際私は”貴虎” なんて津市出身の疑いを抱くことすら難しいほど地元に根ざした名前なんだが・・・

そういうわけで今回はあえて顔出し画像も上げました。

2010年12月17日金曜日

いよいよあさって、12/19 アスト津 国際交流フェスティバル

イベント明後日に迫りました。
明日の夕方には搬入。日曜日は朝から夕方までです。

先の市役所の国際交流デーと違ってこちらは私参加したことがないので、どんな雰囲気かわかりませんが。ま、楽しめるだろうと思っています。
室内なんで暖かいし。

私事ですが風邪引いちまったし・・・・

家内はこの数日コースターや木の板に前回同様絵を描いて準備をしております。

ところで!!!
私津中央公民館でスペイン語を勉強しているのですが、講師の先生の知り合いでスペインから来た学生と先日お話しをして大発見。家内の国モルドバ共和国から来た学生が三重大学で建築を勉強しているとのこと。

早速連絡を取ってお話しをしました。
残念ながら12/19はすでに予定が入っていてイベント会場には来られないとのことですが、日を改めてお会いすることになりました。

凄いです。モルドバから日本に奨学金を得て来る学生は凄く優秀なんです。かなり狭き門なんです。
今後も長くおつきあいできればと思っております。

という事で、イベントと話が少しずれましたが、スペインの学生とも会場でお会いする予定ですし。なかなか親日派で日本語も上手い。

色々な方が来られると思うので、私も楽しみです。
皆さんもお時間がありましたら、一日中のイベントですので、駐車場もあるし、
おみ足をお運びいただければという次第です。
よろしく。

2010年12月15日水曜日

日本と韓国、近くて遠い国?

私は言うなれば親韓派だ。といっても取り立てて名指ししなければならないほど嫌う国は無いのだが。これは国民の事を指してのことで、政策や対応、価値観などに反発や意義を感じる政府、国はもちろん存在する。

で、韓国。我々はもっと交流を深め様々な協力や共同作業を行っていくべき相手国だと常々思っている。民間も政府も含めて。理由は大きく二つ。

まず韓国国民が使用する韓国語は日本語話者にとって唯一親戚言語といえる言語であること。もちろんこれにはモンゴルや一部のアメリカンインディアンの言語も含まれるが、それらの言語に比べても韓国語は圧倒的に日本語に近い。その理由や歴史的背景は改めて記述するほどもないほどに明確。

たとえば英語を国語としている国は英国、米国以外にもアフリカにもいくつか、中南米にも島国を含めて少々。アジアにもフィリピンなど数カ国。公用語ではなくともリンガフランカとして英語を使う国も上げればもう少しその数は増えるはず。wikiによればその数80ヶ国以上。

スペイン語もまた多い。フランス語を公用語とする国の間においては共同体が存在する。これはまあ過去の占領国の名残などで色々あるにしても、経済協力や文化交流の基軸として機能している側面もある。

何よりラテン語圏という括りをしてしまえばポルトガル語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ルーマニア語、他カターランなど少数減を含めてもその範囲はもっと拡大し、これらの言語話者にとって相互に習得することは非常にたやすい。

家内の妹はルーマニア語話者だがイタリアに行って半年でイタリア語をマスターしたとの事。それ故にこれらの国においての経済的交流や様々な密接な関係が存在するし、また構築も色々な意味において障壁がぐっと低くなる。たとえばモルドバ共和国のフランス語を教える学校にはフランスからの支援があり、フランス留学の奨学なども存在するらしい。

そんな言語を基軸とした関係を作れる国は日本にとっては唯一韓国、ないしは同じく朝鮮語話者の北朝鮮しか存在しない。
事実昨今の韓流ブームの流れで韓国語を勉強する日本人も増え、一方で日本語を習得した韓国人アイドルなどが日本でバカ受けしている状況。それほどお互いに習得しやすい言語だという事だ。韓国の年配の人達にとって日本語は占領国の言語という事なんかも実際あるんだろうが、この辺はあえて触れない。というか私は適切に語れない。

次に韓国と日本は東アジアに存在するたった二つの、民主主義国家であり経済大国だと言うことだ。日本は近日中に世界第二位を同じく近隣の大国に奪われる。韓国は現在10位につけているそうで、まだ伸びシロを持っているようだ。ちなみにこの国は訪れる度に様々な公共事業を行っている様子。細かな内情は詳しく知らないが、格差社会だとか色々は聞きはする物の、とにかく日本より景気が良いことは確かなようだ。残念ながら台湾は民主的な国でありながら主権を持っていない。北朝鮮は論外。中国も同じく一党独裁国家。民主的とはほど遠い国。それぞれ民間交流は別次元として、日本にとって国家間協力を行っていくのには残念ながら不適切な国と言わざるを得ない。


つまり仮に日本がアジアの中において、たとえば経済協力なり安全保障協力などと言った事を考えるならば、韓国をおいて他にまず協力関係を深めていく事のできる国は他に存在しないという事。ましてや我が国日本はアメリカのように巨大な土地、国民、資源を持たない島嶼国家。しかも自国を防衛する能力すら危ぶまれる自立していない国。他国間との関係においてこれからは様々な視点から様々な方向性で過去以上に関係を築いていかなければならない時代に入ってきているにもかかわらず、日本はその”自己の独自性”という幻想が故か相も変わらず色々な分野においてガラパゴス化している様な気がする。野生動物であれば希少性によって尊ばれもするだろうが、国際関係における希少生物は残念ながら虚弱性のみがあらわになるだけだ。どこの国だって他とは違うことを誇りたい。違うことだけにことさらアイデンティティーを求めたところで非建設的。自信を持って誇れる物を生み出してこそ建設的なアイデンティティーだ。日本は独自性を追求する以外のところでもっと誇るべきところはたくさんあるはず。

ともあれ、日本と韓国は今以上に関係を築いていかなければならない。そのきっかけとして多くの専門分野の人間が相互の言語を互いに操り密接な協力関係を築いていくことが、日本の国益であると言っても過言ではない。もちろん相互に様々な利益となるはずだ。

国によっては特に関係を進化させる必要がある国とは各々の国の国会議員の代表がそれぞれ出席し二国間関係の問題を中心に様々な事を議論、決定をしていく会議を定期的に持つところもあるらしい。自国に帰ってそれをそれぞれの政策として反映する。日本には随分以前から遷都すべきだという考えがある。いっそのこと北九州地方に行政機関を持って行って、韓国も南の方に首都を遷都したら面白いんじゃないか?相互にトンネルでも掘ってリニアでも走らせれば東京・大阪間が新幹線より数十分短くなるだけの利得よりもっと大きな成果が期待できるだろう。ああいった技術は距離が長ければ長いほどその利益は大きいはずだ。東京からソウルまでリニアが走ったら面白いことになると思うがね。経済的にも文化的にも色々な面で。陸路でつながった両国がそれぞれ近くに遷都して密にガンガン連携を取れば、これほど強力な勢力は他アジアに存在しないほどに大きくなり得る可能性を秘めていると思うが、楽天的すぎるか?

人の交流が促進されるところに文化と経済の発展がある。
島に取り残されたままではこの先いよいよ行く当てを失うことになるのではないか?

ともあれ私は韓国語を勉強し始めて一月ほど、やっと5回ほどの講義を終えたところ。先日訪韓した際にたったワンフレーズ覚えていって使っただけで今までの友人の顔に新たな笑顔が表れ関係がさらに深くなった。相手の言葉を話すことは自分が関係向上に努力を重ねた事の証。これを拒絶する者は少ない。我々はもっと多くの言語を習得する努力をすべきだ。

ちなみに私の家内は4カ国語話す。私はたった2カ国語。母国語と英語のみ。スペイン語を学んでやっと1年少し。韓国語1ヶ月。家内に負けるわけにはいかないと妙な競争意識も少しあったりする。

片言でも相手の言葉を話して相手が喜んで返してくれる。これは喜びだ。言葉はできるだけ多く扱えた方が良い。その分道具が増えるから。

2010年12月10日金曜日

次回清掃・2011年3月は高洲で決定

調整中だった次回多文化共生清掃は、高洲で調整がついた。
今日自治会長と会談。了承を得た。

市役所とも自治会長とも色々細かいところは詰めるとして、日にちを具体的に決めなきゃ鳴らないのと、今回はportal mieとztvを使って告知もしっかり出すつもり。

地元の人たちがやって良かったと思えるようなイベントにすること。
地元の人たちからの信頼を得る導入のイベントに出来ること。
盆踊りや他イベントにも連携できるような基礎を作ること。

など、とりあえず思いつくところも含めてこれから計画を練らなきゃならない。

2010年11月26日金曜日

うちのモルドバ嫁・良くやってくれてます

中国嫁ブログのように絵心の一つもあればいいんだけど、残念ながら他力本願な人にとってもらった画像だけすこしアップ。

先の11/14、津市国際交流デーの追加アップです。

Portal Mieにとってもらった写真は流石プロ。よくとれてます。FaceBookにアップするやいなや家内のモルドバ人友人から絶賛が。
よくぞモルドバを代表してくれた、というような勢い。ヨーロッパの弱小国。
”え?ダイビングとかできるとこ?”モルジブじゃありません。ってなやりとりを私も何度したことか。そんな知名度の低い国ですから、自国の国旗がひらめいて、見慣れた民族衣装が出てくれば、やはりうれしいんでしょうね。

群馬に住んでるCumatra(上の娘の洗礼に立ち会ってくれた人をこう呼ぶ。固有名ではない)が、来年は私も行く!と早くも参加宣言をしてくれた。
来年は料理を作ろうという話もあって、ま、うまく調整できればと思う。

他母の友人に取っていただいた写真もいくつかアップします。

2010年11月25日木曜日

中国嫁日記・いいね

twitterに流れてくるニュースの中にあった。

最近中国って聞けば尖閣の話しか出てこないわけだけど、
そもそも外交問題、国家間問題と
人と人の間の関係ってのは別物で、

どこだったかでも外交的発言を感情論であーだこーだ言うのは筋違いという様な主張を聞き、この辺は同意するところ。

国家は個人の集約であり、いろいろな意味で総合的に構成員の状況を反映する部分は確かにあるのだが、
政府に対する印象をそのまま目の前にいる個人に当てはめるのは、ましてやそれを理由に攻撃するのは筋違い。

この間の事件の時にも道ばたで"中国人を見かけたら袋だたきにしろ!"書き込みがあったのを見かけたけど、未成熟きわまりない。

政府間のやりとりとして現政権だろうが現野党だろうが、日本特有の根回しだとか準備だとかモタモタしてないで、自己主張をしっかり明確にしていただきたい物で、ましてや政府が領土を守れなけりゃ一体誰がやるんだと思うわけだが、

一方で民間レベルでは今まで以上に様々な交流や相互理解を促進する行動をどんどん推し進めていくべきで、政府はそれを直接的に支援していくべきだと思うわけ。

ま、そんなで、生の中国人女性と日々多文化共生を営んでる方が、また画才という表現の武器を巧みに駆使してその生活を公に表していることは非常にすばらしく感じた次第。

また、家内との喧嘩や仲直りやそんな自分の家庭の中の多文化共生も思い返しながらほほえましく目を通したしだい。

中国人の友人はそれほど多くないのだけれど、ロシア人の友人はたくさん居る。特に仲のいいやつも一人。体のでかいわりに気が利いて、しかしながら細かいところはいい加減だったり。なかなか良いやつ。ソヴィエトが北方領土を占領したときはなんのことはない家内の国はまだソヴィエトの一部だった。彼らは政府が主張する通り戦勝国として獲得した土地だと教えられてる。日本の見解を伝えられるのは私だけ。しかしそんな事を話題に出したところで我々の間に存在する友情や愛情が脅かされるようなことはない。

関係を作り上げることと自己の見解を主張することとは別のこと。
むしろ良い関係を築き上げてこそ、信頼関係を築き上げてこそ初めて、お互いの間にある問題に関して建設的に適切に対処できる土台が生まれるのだと思う。

こんな時だからこそむしろ、積極的に国内にいる中国人、ロシア人、そしてもう一つの近隣国韓国朝鮮系の人達と心の通った関係を築いていきたい物だ。

中国国内でデモやってるとかどうかなんて全く関係ない。そんな報道に左右されることなくそれこそ日本の"和"の文化を誇る事のできる行動を成熟した日本の方々には期待したい物だ。
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/keumaya-china/51165233
http://blog.livedoor.jp/keumaya-china/

2010年11月22日月曜日

12月19日・アスト津・第二回国際交流フェスティバル「ちがいを知り、楽しもう!」

先日11/14日の2010津市国際交流デーの際にお話をいただいて

第二回国際交流フェスティバル「ちがいを知り、楽しもう!」
に参加させてもらうことになりました。また家内がモルドバの民族衣装を着て絵を描くことになると思います。少し寒いかもしれませんが、ま、室内なので。

なんにせよこんな形で話が広がっていくのはうれしい話です。

イベント詳細は以下リンクより
http://www.mienpo.net/center/cgi-bin/adm-bin/event/imgbbs.cgi?no=101

2月5日にもまた別のイベントがあるみたいで、これもお声をかけていただいて参加することになったんですが、こちらも詳細わかり次第アップ致します。

2010年11月15日月曜日

2010 津市国際交流デー 終了

 以外と暖かくなった。
曇りだって言う予報だったからスープ物とか食品ブースの人には出してほしいな〜とか思ってたら、なんのことはない、暖かい暖かい。
着物のつ音頭保存会の方々もたぶん寒がることなく踊られたのかと思うし、結構みんな一緒に踊ってた。ブラジル系の子供達や友人のフィリピン人がなかなか楽しそうに踊ってたのは良かった。
上の写真は私のお気に入り。隣のブースの友人のところにサポートで大阪から来てくれたケニヤ人。気持ちよさそうに叩いてた。若干周りから音の苦情がなくもなかったんだけど。
日本人でエジプト製の太鼓を持ってる人も参加したりとかで、なかなか楽しいセッションが。私も最後に加わって、楽しかった〜。久しぶりに叩いた。太鼓は良い。

最初のうちは結構余裕があってふらふらしてたんだけど、家内が”手伝って!”ってな事になって結局自分のブースの写真すら撮るのを忘れてしまった・・・ま、次回にとっておきましょう。
でもPortal Mieの取材陣がきてて写真を随分上げてくれてあるのでリンクを張っておきます。雰囲気がもっと伝わるでしょう。

Portal Mie 写真ギャラリーはここから
 
下の方にカメラマン別にページが分けてあるので結構な数の写真が上がってます。

という事で写真は人任せ状態です。

反省会はまたやるんだろうけど、まとりあえず無事に終わって、私としては初参加で、結構楽しかった。収益もほどほどあって付き合いで買いまくった食事をさっ引いてもま、トントンぐらいで収まったし。
年を重ねるごとに、特に国際交流に意識のなかった人達も加わって輪が広がっていったら楽しいなと思った次第です。

2010年11月11日木曜日

ZTV、国際交流デー告知ビデオ撮り

結局録画上手くできなかったという返答が今朝あって、写真でお茶を濁すことにしました。

すみません・・・・

イベントが終わってからなら手にはいるかもってなこと何で期待しないで待って様と思います。

今年は結局たった4人しか集まらなかったので、来年は道に迷って遅れてくる人もないようにして、もう少し賑やかに出来たらと思ってます。

あと、この時間枠の番組は収益目的のイベントでなければ誰でも参加できるそうなので、次回3月の掃除には利用してみようと思ってます。

2010年11月10日水曜日

2010津市国際交流デー・テレビ告知

今日1時からきたる14日の”2010津市国際交流デー”告知のため津ケーブルテレビZTVの本社に向かいました。
到着直後突然原稿を渡され、後半部分の読み上げを依頼されました。若干焦りましたが、ま、それほど長いものではなかったのでお受けすることに。

私の友人がもう2人くるはずだったのが、1時間以上遅れて迷ったあげくに結局到着せず、結果4人で収録することに。

本日6時を皮切りに金曜日4時15分まで結構な頻度で放映されるようです。

ケーブルテレビの視聴者ではないので私はみれないんですが、アナログ10ch、デジタル121chだそうです。

明日朝コピーをいただくのでyoutubeに上げて後ほどアップします。

2010年11月2日火曜日

似て非なるもの・愛国主義と国粋主義

今 年の夏イスラエルから来た女性の通訳をした。彼女は自らを愛国主義者だと言った。彼女は彼女の国を誇りに思い彼女の国の建国は歴史の中の奇跡だと言った。 そして母国を守るために彼女はパレスチナとの共生を訴えた。彼女自身は司法分野の経歴を持ち、退職した現在パレスチナ人の権利を保護するため法的手段に訴 える活動を支援しているらしい。


彼女曰く一般的イスラエルの国民はメディアなどによって扇動されている事も含めて恐怖と不安にさいなまれており、それが故に極端な排他的姿勢をとっているという。結果敵を駆逐する事のみが彼らの平穏を約束する物だと考えているらしい。最終的にイスラエルの国を崩壊させる事が非ユダヤ人らの最終的目的で、皆信頼できないと盲信しているらしい。


一方で彼女はユダヤの伝統と文化を愛しそれを誇りに思うが故に自らの国もその誇るべき文化を具現した国家足るべきだと考えている。よってユダヤの文化、ユダヤ教の教える平和、正 義、自由を実践すべきで、それはユダヤ人だけに対してでなくパレスチナ人に対しても保障されるべき事だと考えている。それがユダヤの予言者達が唱えた理想国家であり、その実現こそがイスラエルの国益なのだと言う。


イスラエル建国の道義的是非や他諸問題は趣旨がそれるためにあえて話を向けるつもりはないが、タイトルを言い当ててる良い凡例だと思って引き合いに出した。


自国=自分の帰属する場所を誇りに思いたいという感情は凄く当たり前の感覚だと思う。

たとえば郷土愛というのは良く耳にする。”うちの県には松阪牛があって鳥羽の真珠があって鈴鹿にはサーキットがあって”とか。これは当然他県の人間と接した時に、おまえの生まれたところには何があるんだ?ってな会話が発生するわけで、方言を笑われれば腹も立つしいくつも名所があれば、あるいは名士がいればそれを誇りたくもなる。

日本人が一般的に自国への帰属意識が低いと言われるのは単に自国以外の人間との接触経験率が低い事に由来してるのかもな、と思うわけだ。もちろん先述のイスラエルやアメリカのように何らかの特定の目的と意志があって力尽くで建国した過去がある場合や、占領国から独立を勝ち取ったようなケースと違い、近代の国家という概念が後からついてきたような日本の様なケースはまた別の要因もあるわけだが。


愛国心ってのは自己愛に近い部分があると思う。現実問題自分がマイノリティになった場合には自己防衛反応の側面も出てくる。自尊心の保護って方が適切だとも思う。単純なところ別のところにも少し書いたが、アメリカ人から”日本に落とした原爆は独裁者を駆逐するための善行だった”と言われれば、彼らの”歴史認識の不備”を追求せざるを得なくなる。世の中スーパーマン VS 悪の秘密結社みたいなコミック誌の世界のように単純ではない。にもかかわらずそんな図式を信じてる人間はあそこの国には掃いて捨てるほど実在する。

だから歴史は知っておかなきゃならない。色々トラブルになるからとか試験に出しにくいからなんて理由で近代史を教えなかった、(今も同じなんだろうが)社会科の教師の罪は大きい。こういった問題に正解も誤りも必要ない。むしろ学生同士が調査をした上で議論を戦わせる場を持つべきで、教師がすべきことは回答をすり込む事じゃなく生徒の論述能力と調査技能の向上を指導すべき。少なくとも私は中学校の社会科で習った近代史は”日本帝国軍事政権の台頭と植民地政策”および"原爆の被害と敗戦"、後はすっ飛ばされたような気がする。そのくせデモの正当性と労働闘争に関しては良く教えられた。自己の正当化ではなく事象は適切に分析し、その上で正確な判断を下すべきだ。適切な理解なくして、歴史方正しく学ぶことはできず、過ちもただすこともできない。


話がそれた。
愛国心というのは気づこうが気づくまいがうちに必ず存在するもので、あって当たり前だとおもう。ところがこの自己愛というやつは一歩間違うと利己愛に変身する。

口論する事と論議を戦わせる事もまた、似て非なり。そこはそもそも目的がよくわかっていないから起こる。論議を戦わせる場合には双方に建設的目標がある事をお互いに自覚し、その上で目的を到達するために双方が約束事を守らなきゃならない。双方の知識を高める事も目的になるだろうし、あるいは具体的な政策、方針を確立する為に意見を戦わせる事も目的になるだろう。いずれにせよ議論する理由が相互利益の目的の為であるという事を双方が理解している必要がある。そしてその共通目標に到達することを阻害する行動は双方が自主的に敬遠しなければならない。これは当事者の成熟度にゆだねられている。
一方で非建設的な口論は容易に中傷にその質を落とす。目的が利己的であり、すなわち相手をおとしめて自らが論勝することで優越感や結果の独占自己の正当化などの排他的利益を求めているところにある。

愛国主義は他国の愛国者と対峙したときに相互尊厳の元建設的な関係を築けなければ、とどのつまり国粋主義崩れでしかない。えせ愛国主義者と言うべきか。自らが自らを大切に思うように相手も相手自身を大切に思うわけで、これを阻害してまでも自己利益を追求しようとすれば当然関係は崩れる。他との共生がはかれない場合、長期的な視点において最終的に利己的行動は自己の不利益にすらなる。ただ国家間関係の場合そのスパンが一個人の人生よりも圧倒的に長いために被る可能性のある自己の不利益に対する試算が余りにも低いのではないかと思う。好もうと好まざると世界は小さくなり、経済、安全保障、環境、感染症等の病気など近代の人類が直面するどの分野の問題ですら一国国内だけで収集できる問題は限られている。すなわちいやがおう無しに我々は共通目標の下折衝し共動せざるを得ないところに押しやられている。

共生する方法を学ばなければ、我々の行き着くところは共倒れしか残っていない。残念なことに共生を実現するためには共生していく必要のあるすべての構成員が抜け駆けすることなく共通目標を第一義とする決まり事を守らなければならない。その信頼関係が構築されない限り入り口にすら達していない。
MDGだけにかかわらず我々の直面する問題は、それほど我々に時間的猶予を与えてくれていない。
我々人類が愚か者として滅ぶか、智者として学び共に生きるかは我々にゆだねられている問題だと思う。

日本に限らず誇るべき英知の蓄積、高い文化を持った国は至る所に存在する。むしろそういった文化を持っていない国の方が少ないはず。各々の国がそれぞれの文化に根ざした成熟した非排他的愛国主義を確立し共生を模索することが唯一我々が生き残るすべだと思う。なぜならどの文化においても必ず善の基準があり善行のモデルが歴史に存在し、子供を正しく育てようと望む親がいるはずだからだ。

2010年10月28日木曜日

和・神道

幾らか前に古神道の神主さんとご一緒させていただいて色々お話しを聞かせていただいた機会があった。

明治時代に神道を国家宗教にしようとした人たちが仏教やキリスト教のように神道を体系化して聖典を作って”整えよう”とした試みがあったそうで、各地の信仰を集約して調査してみたら、あまりにも多種多様で結局の所一つの書物にまとめることが出来なかったのだそうだ。
だから神道には日本の神道全てをまとめることの出来る聖典が存在しない。とのこと。

それから我々が今よく目にする神道の体系は随分仏教からの影響を受けて変化をした物のようらしい。もちろん古神道の方から聞いた話だから余計にそう強調されたのかもしれないが相互に色々影響を与えてきてできあがったのが今の神道や日本仏教なんだそうだ。

ちなみに先祖崇拝はそもそも神道の考え方で仏教の考え方ではないそうだ。
あと神社という代物は仏教の影響を受けた物らしい。その方曰く神道の神様はそもそもどこか一所に留まっている物ではないらしい。神社の中に神様の居られるところがあってそこに向かって拝むのを鎮座式というのだそうだ。つまりその建物の一角に鎮座しておられるわけだ。
ところが地鎮祭を考えてみて欲しい。地を清める作業として信じようが信じまいが何か建物を建てるとなると大凡何処でもやるような風習になっている行事だけども。あれは地を清める神様に天から降りてきてもらって、地を清めてもらった上で、天にかえってもらうんだそうだ。同様に古い神道の儀式は行く所々で神様をおろして、なんだかんだ意図する儀式をやって、つまり雨乞いだったり豊作祈願だったりするんだろうか、でかえってもらう。これらは建物の中に鎮座していない、天にいて降りてきてもらう神道の元々本来ある神様の姿なんだそうだ。

で、それだけ色々仏教や道教なんかの影響を受けた神道の文化の中で、また種々あって一つにまとめることが出来なかったという神道考え方の、そもそも皆に共通して克つ外来の物からの影響を完全に排除した、中核、神髄は何ですか?と尋ねたところ、

だと答えられた。
自然との共生、和、が神道の根幹なんだそうだ。


西洋では、自然とは人が管理しコントロールする物で自然災害や他自然との関わりで出てくる問題は人間が知恵を絞って最終的に”乗り越え、解決していく”物であるのに対し、日本人にとって自然とは共に生きていく物、各々折り合いをつけて、和していく物なんだとか。

言われるとよくわかる。日本の土着の宗教であるが故に、価値観や考え方を含めて日本人を形成してきた文化の基礎に位置するのが神道な訳で、いやおう無しに我々の価値観の中に植え付けられて我々の考え方に深く影響を与えていると思うのだが、その神道の中核にあるのが自然との調和なんだそうだ。

だから神主先生曰く日本人こそが環境問題の先頭を切っていかなければならない問題なんだとおっしゃってた。

多文化で無くって自然との”共生”なんでここの趣旨とは微妙にずれるんだけど、ちょっと思うところあって書き留めてみた。

初めから和をなそうとしていない相手と和を作ることは不可能なんじゃないか?と思わなくもないんだけど、いずれにせよ我々自身の思考回路の癖を知るためには有用な情報の一つではあると思った。
また自己のアイデンティティーとして我々日本人がが誇るべき物は本来なんなのか、と自問したときにやっぱり和を尊ぶ文化なのかな?とも思うわけ。

2010年10月25日月曜日

2010津市国際交流デー・出店ブース

有料ブース

ブラジル:コロッケ・パイ・ソーセージ等
ボリビア:パイ・ジュース・パンケーキ等
中国:水餃子・中国えびせんなど
韓国:チジミ・キムチ・ジュースなど
フィリピン:フィリピン料理
モロッコ:モロッコ料理
コンゴ:コンゴのアクセサリー
モルドバ:トールペイント
ペルー:ペルーのお菓子
日本:綿菓子など

情報・アトラクション・無料ブース

ホームステイ・イン津:着物の着付け・ホームステイ情報
津消防:防災情報・地震体験
計量協会:キャンディー重さ当てクイズ
津警察:防犯啓発・パトカー白バイ展示
マジックバルーン:作ってみよう!マジックバルーン
三重県国際交流室:多文化共生・防災啓発
ウォールクライミング:ウォールクライミング体験

ステージアトラクション・無料
アポーヨミエ:ブラジル人学校の子供達のダンス
アイリッシュダンス
つ音頭
ボリビア民族ダンス

2010年10月21日木曜日

2010津市国際交流デー・アップデート

10/14日、津市お城西公園で行われる国際交流デーのスケジュール(案)が上がってきたので上げます。ほぼこんな感じで進んで大きな変更はないと思います。

11:00オープニング
  各代表者挨拶
11:30ステージアトラクション
1. Sun band 演奏
2. Peru Artesania 演奏
12:00屋台ブース案内
13:00ステージアトラクション
3. ボリビア民族ダンス
4. 盆踊り
13:45屋台ブース案内
14:00地震体験車来場
14:15ステージアトラクション
5. フェスタジュニナ
6. タイ留学生ダンス
7. イスラエル人・ギター演奏
8. アポーヨみえ歌と踊り
15:45閉会

皆さん遊びに来てください。
今回はゆっくり時間が過ごせるように食べるだけのブースだけでなく、文化紹介をやったり体験できるようなブースを増やしたようです。

2010年10月20日水曜日

共生・主張

今朝ドイツの首相が他文化社会はうまくいかなかったという発言をして物議を醸し出しているという記事を読みました。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/europe/453179/
他にもヨーロッパの各国で外国人に対する排斥感情が盛り上がっているというニュースをいくつか見ました。

改めて容易な問題ではないと感じました。"外から来た人"という感覚はなかなかぬぐい去れない。ここは我々の土地だ。という感覚もよくわかるし、これをどうこうするのも難しいです。また文化が浸食される、我々の国が無くなってしまうのでは無いか?というある種の恐怖ですね。もちろん社会福祉制度や就労の問題も含めて、自分が受けるべき権利を奪われているという生活に直結した摩擦も、これをよりややこしくしてるように思います。

だからこそ共通目標が必要だと常に思うんです。お互いが同じ方向を向いているんだという認識、そこから生まれる信頼。そしてお互いにそれぞれの持っている物を浸食しない阻害しないという事。つまり尊重するというマナーとでも言うのか。その上で我々が共に我々がお互いに心地よいと思える社会を作るんだという感覚が必要だと思うんです。だから外国人には常に、この地を寄留地と思わないで、自分の未来がある土地、自分の子供達が生きていく土地なんだと思ってほしいと訴えています。

日本の事だけ言えば、経済的に外国人労働者を必要としている側面があります。日本のバブル期の経済を復活させるためには1000万人規模で外国人の移民を受け入れるべきだという試算があったように記憶しています。あくまでも記憶なんで数字は不確かですが。労働者だけでなく日本に学びに来た留学生達、つまり言語にも長けた優秀な外国人はなおのこと日本に定住できるようサポートすべきだと思っています。彼らは間違いなく彼らの国と我々の国との間のパイプとしていろいろな分野で活躍してくれる事でしょうし、また本人達もよくそのような事を希望する発言をよく耳にします。つまり外国人を受け入れる事は日本側にとってもメリットがある事なはずなわけです。そういった大枠での事情と実際に隣り合わせですむ事になる住民との感情がマッチしてない。状況ですね。仮に外国人がここに住みたいと思っても受け入れ側にその懐がなければこれもまた成立しないわけです。

大局的に見れば。地球自体がそもそも多文化共生社会であるわけで、遅かれ早かれ我々が共生するノウハウを構築していかなければならないのは火を見るより明らかだと思うんです。
つい先日スペイン人でUNESCOの大学で教鞭を執っている方の話を聞きました。その方の話を引用すると、我々の地球は一つで人類は他に存在しない。我々には共生を模索していく以外に選択肢は他に無いんだと強調していました。激しく共感です。

"共生"これは技能だと思うんです。skillです。社会の構成員達がそれぞれ身につけていかなければならない。それを養っていく必要があるんだと思うんです。
そして共生していく事のできる文化を構築する事が何よりも日本が平和を”作っていける”技能"を持った先進国たり得るのでは?と思うわけです。文言じゃなくって実践を持ってね。現時点でそんな能力を持ち合わせた文化はどこにも存在していないわけですから。


随分前置きが長くなりましたが、自分の主張ははっきりすべきだと思うんです。私は家内が外国人ですから日々共生を余儀なくされているわけですが、双方共に第二言語を使ってコミュニケーションをとっています。つまり誤解、聞き違い、思い違いなんてのは当たり前のようにしょっちゅう発生するわけで、放っておくと後に大きなトラブルになります。だからできるだけ必要な事は明確に明瞭にしなければなりません。お互いにいろいろな事を話し合う事は最低限必要な事、日本人の間にある”察してください”という事は実際機能しないんですよね。"言わなくてもわかるでしょ?"は言わなきゃわからないんです。それをしないとどんどんすれ違ってしまう。

韓国人の奥さんを持つ人に聞いた話ですが、日本人の相手を傷つけないように物事を明確にしない言い方は、韓国人にとっては信頼できない人だと写るそうです。はっきり自分の思っている事を言わないから。

各国で教鞭を執っている早稲田の経済学部の教授が、彼がアメリが留学中に授業の討論の才に日本に落とした原爆の事を題材にして話し合い、いろいろ議論が飛び交った後に教授から質問をされたそうです。”林君どうおもう?”って。彼は真珠湾攻撃に至る経緯から始まって当時の世界背景を含めて開戦の理由が一方的な日本の非ではない事、加えて終戦直前の日本の状況を説明し、日本を敗戦に追い込むために二つの原爆投下の必要は全くなかった事。そして後の冷戦時代において核の抑止力を最大限に引き出すためのデモンストレーションとしての投下の意味合いを主張したそうです。結果"we agree to disagree."と言われたそうです。しかし翌日から周りの学生からしっかり一目置かれ他の学生との関係が一段良くなったそうです。自分を持っていない人は軽んじられる社会です。その分しっかりした主張を展開できる人はそれに値する尊厳を受ける社会です。そんな土壌があの国にはあります。

これはあくまでも私の知る限りの凡例で、他の国の人達はまた違った反応をすると思います。だから実際手探りで作り上げて行かなきゃならないと思うんですね。決して相手を傷つけてはいけないと思うし、相手の国を非難するような発言は差し控えるべきです。これは対人関係でも同じ事だと思います。中傷はいけない。でも主張はしっかりすべき。その上でトラブルがあっても途中で投げないでちゃんと解決していく。その個々の蓄積が全体として共生文化を育てていくと思います。遠巻きにしてあーだこーだ言ってたって駄目だし、役所に押しつけたって駄目。できるだけ多くの人ができるだけたくさんの接触の機会を持って生で超えていく物だと思うんです。だから掃除なんですけどね。
共通目標を設置してお互いが目標のために相互に関わっていく。その三角形から生み出されてくる結果をあわせて四辺がそろって初めて丸く行くのかな。と。


自国に対する自負心に関してはまた改めて。

2010年10月19日火曜日

和・日本の文化

この題材で書こうと思ってから随分立つんだけど、どうしても書き出すと多岐にわたって収拾がつかなくなりそうで書き出せずにいた。

加えて数日前に人待ちの際にiphoneで書き始めて、かなり書き殴った後に見事に消えて無くなった。
ま、そんなことはどうでも良いことで。

外国人との共生とか、外国人の定住と移民の増加を積極的に促進すべきだなんて言うと、必ず出会うのが、ここは日本で日本の文化があるそれを犯すなという考え方に衝突する。またグローバリゼイションが語られて久しく、国際社会においての日本の国際性の欠如によって噴出した種々の問題が切っ掛けで日本人の考え方に対する問題に焦点が当てられたときに、世界の常識は日本の非常識なんていわれてね。ところが日本人らしさとか日本の文化という事が絡まってきて、それが日本の美徳だから否定すべきでないというカンターアーギュメントに出くわす。

果たしてそれでは何を持って日本人となすのか。何が日本独特の文化なのか。突き詰めてみると随分いろいろな物が日本の文化でないような気がする。

演歌は日本の文化でしょうか?武士道は日本の精神でしょうか?盆踊りは?歌舞伎は?能は?短歌は?仏教は?神道は?日本語は?

国籍とか民族とかって結構ボーダーラインって曖昧で、むしろそういったアイデンティティって幻想である場合が多かったり。
何処に日本人らしさってのがあるのかなと考えたときに

ふとしたことから"和"だろうか?と感じさせる内容を伺った。

その和が故に自己主張が少ないように見られたり、いろいろな問題で後手に回ったり、はたまた近年の経済発展があったり、環境問題に熱心になったり。ひらがなの創出もやはり和に根源があるのかもしれない。

大和とかいてヤマトとよぶ古称をもつこの国。

しかしながらその和が故にもしかしたら西洋式パワーバランスによって推し進められてきた歴史を変えうるのでは?とも思う。つまり力と対立と闘争の歴史を。

共生という事を実現しようと思うときに、どうしても柔和さというのは重要になってくる。ただそれだけでは共生にはならない。お互いが我慢してるだけ。それだけではいつかは爆発する。(よだんだがこれって良く日本人が起こす現象でもある。)本当に共生していくためには共通する目標、未来が見える必要がある。しかし共通目標を相互に認識する為には、お互いが運命共同体であるという感覚に到達する為には、その切っ掛けとして柔和さがあることが土台を作ってくれるとも思う。懐を深くすることが出来るから。だからその和があるこの国だからこそ、他ではおおよそうまくいったことのない共生が実現しうる可能性を秘めてるのでは無いかとおもっている。

和を土壌にして対話を育て相互信頼と相互協力の花をつけたら"我々は一つである"という実を結ぶかもしれない。

2010年9月29日水曜日

9月一斉清掃

 やっと写真上げました。いつもの仲間が集まってきてくれてがんばってくれました。
来年はもっと集められるようがんばります。

準備や企画は私の仕事ですから。みんなが来てくれて、たくさん集まったね、楽しかったねと思えるような、イベントになるように努力します。


2010年9月26日日曜日

第三回清掃活動・無事終了

おかげさまで何とか今回の清掃活動も無事終了いたしました。
参加してくれた皆さん、ありがとう。

Thank you all for coming again for the cleaning project. some what we did it OK.

やっぱ7時は早かったな〜。寝坊者も把握する限り約1名いたりとか。それでも来てくれたし。感謝感謝。

7 p.m. was bit early i guess. there was at least one who over slept as far as i know. yet he came eventually. thank him too.

参加者は子供も私も含めて30人ぐらいかな〜。三重テレビが取材に来てくれて、今夕の6時のニュース枠か10時前のニュース枠で流してくれるそうで、これまた感謝。

all and all we gathered about 30. Mie television came for a report. they are going to put our event on the air either on 6p.m. or 10 p.m. Thank them too.


しかし70人ぐらいはなんて言ってたのに半分も居ないんじゃ面目がね〜。次ぎ来てくれるかどうか。

I told them we ganna be at least 70 but we got less than half of what I said. i wounder if the are going to come next time.

ま、それはともかくとして、やっぱプロモをしっかり考えないとな〜というのが今回の最大の反省点。Sagu(タピオカ)ジュースはうまくできた。余ったけど。

I have to put more effort on promoting our activities. Philippine juice was good. We got so much left over though.

写真は私今回撮らなかったんで、入手したらまた上げます。
とりあえず皆さんありがとう。

天候も良かった。感謝。

2010年9月19日日曜日

高洲でビラまき

来週の26日のイベントのビラを配布するために、いつものサポーターの仲間達10人と高洲町に向かいました。

1時間ほどで300枚のビラをまいてきました。
以前にこの周辺のアパートに住んでいた友人が、3年前に比べて随分減ったと言っていました。

ここに向かったのには幾つか理由があります。
私が住んでいる敬和地区の一部であることもその一つ。以前から高洲に結構外国人が集まっているという話を聞いていたのも一つ。
それからつい先日私の加わっている敬和地区体育親交会の懇親会があったんですが、そこで東橋内中学校の先生から伺った事もやはりその理由の一つです。

私が話した先生のクラスは3分の1が外国籍の子供達だとのこと。もう一人の先生のクラスはおよそ半分が何らかの形で家族に外国人が居るとのこと。中学校に通ってくる外国人の多くが高洲に住んでいるというお話しでした。

以前にも投稿した河芸千里が丘団地をモデルにして、自治会を中心とした地域住民との共同事業としての夏祭りを実施する計画、これの中心地として高洲町周辺をさらに意識させる情報でした。

東橋内中学校にはスペイン語・ポルトガル語・英語が話せる先生が常駐していて生徒の指導に当たっているとのこと。また隣接する敬和小学校との共同でタガログが話せる方も常に居られるそうで、いずれも市から派遣されているとのこと。津市の中でもこれだけしっかりサポートされている学校は他にないのではないかとのことでした。それだけ必要度も高いからだとも思います。

先生曰く、むしろ”外国人”というと"問題"と考えるのはふるい世代の考え方のようで、子供達は当たり前のように国籍の違う子供達と一緒に学業に励み、一緒に(悪さもするんでしょうし)一緒遊んでいるのだそうです。
国籍や人種が違うということを意識することすら心の中にギャップがある証拠なのかもしれません。

彼らの世代の時代が来れば自然に皆が共生出来ているかもしれません。

そんな世代の彼らは当たり前のように日本なんて小さな枠組みを飛び出して世界で活躍できる人材になるのかもしれません。

残念ながら共生を推し進めなければならない世代がたくさんいる現状ではありますが、少し希望を感じられる事例が近くにもすでに存在していることにうれしくなるおもいでした。


ちなみに、学校の子供達はメールというと携帯のメールがまず最初なんだそうで、携帯メールのテンキーによる日本語入力が彼らの世代の常識なんだとか。私はキーボード入力が基礎なんで携帯メールの入力が面倒で面倒で、iphoneに乗り換えてからやっとショートメールを入力する気になった様な人間です。先生曰く私はふるい世代のおっさんなんだそうで、愕然としました。
彼らの世代ではメールは携帯でする物ってのがまず最初なんですね。それからPC。言われてみれば当たり前のことなんですが、言われるまで考えもしませんでした。目から鱗です。

ま、30後半で子供が二人もいれば紛れもないおっさんなんですがね。5インチのフロッピーとか知ってるだけで、そりゃおっさんですわ。そもそもフロッピーって今無いし!(ってかその上の8インチも少し知ってる・・・)

2010年9月7日火曜日

だいたて

大門は一つだと思ってた。
昨日同級生を訪ねて初めて知ったのが、”だいたて”というのは大門商店街と立町商店街をあわせてだいたてというんだそうで。知ってる人には当たり前の事なんでしょうが、私は37を目の前にした今まで知らなかった。
とにかくアーケードの切れ目が商店街の境目のようで、しかも大門商店街と立町商店街の境には道路すらない!隣り合わせで別の商店街なんだとか。大門パーキングのある当たりも別の商店街なんだそうだ。この地区との相互交流はあまりないらしい。

というのも、河芸千里ヶ丘団地の日本人外国人入交のお祭りを、敬和地区でもできないかという構想を練っていて、その会場としてやっぱり祭りのある大門が適当じゃないかというところから状況調査に向かっところ、上述のような内容を知ったようなしだいなわけです。

とはいえ隣り合わせの地区で同じく小売業を営んでいるわけで、立町と大門の両商店街の若手達は結構密に意見交換をして活性化を使用と努力をしているようです。

ここでは以前在住ブラジル人を呼んだイベントを行った事があるそうで、そのイベントの発起人にも近々あってみようと思っています。

共生の結果、共栄を生み出す事ができれば、という事。

2010年8月31日火曜日

前回の模様

前回の様子を上げてみました。朝まで雨が降ってたのに始まったとたんにうだるような暑さに。天候にも恵まれて、前々回に最後までできなかった駐車場のゴミもとりあえず回収済んで、有意義なイベントでした。
Pictures of the previous event. It was rain till the morning but it turned out burning hot. We took care of the dirty parking lot that we couldn't finish last time.


三重タイムズにも取材いただきました。 Mie Times made a report about the activity.



2010年8月30日月曜日

次回・多文化共生清掃活動のビラ、やっとできました。

次回清掃活動のビラができました。今度は乙部公園を離れてセンターパレス角にある真ん中広場で開催する事になりました。
皆さんの参加を広く募集しております。

恒例通りフィリピン人・日本人混成バンドのSun Bandも演奏してくれます。

今回は市の一斉清掃に併せての企画なので七時からと少々開始が早いので、昼食ではなくリフレッシュメントの飲み物をフィリピン人の友人達に用意してもらう事になりました。

こちらもどんな物になるのか楽しみです。

I finally finished creating the flyer for the next event on 9/26.
We are ganna start it a bit earlier than the previous events cuz the city hall organize "the cleaning day" from 7 a.m. and we wanna join with them. Anyway, we ganna have the Sun Band playing few songs as usual. This time, we will have a real stage for them. So it'll be fun. and Filipino Drink will be prepared as a refreshment.

See you all on 9/26th. Bring your friends with you. 

PDF版ダウンロード・PDF Download

*********** 追記***********
センターパレスの駐車場が7時から開くという事なので、それにあわせて集合してください。
Parking at Central Palace will open from 7 a.m. Whoever come from distant area should aim arriving on 7.

2010年8月19日木曜日

津市国際交流デー 11/14

 例年行われている
津市国際交流デー
http://tiea.jp/modules/news/article.php?storyid=62
今年は11/14に行われる予定です。

各国の食事を堪能できるのもこのイベントの魅力。
加えて今年はみんなが参加できる企画も検討中。

多少気候が気になるところですが、季節外れの盆踊りも出るかも?しれません。


参加ブースまだまだ募集中だそうです。上リンクより数カ国語の申請書PDFでダウンロードできます。

2010年8月18日水曜日

河芸千里ヶ丘団地のお祭り

  一見よくある普通の田舎のお祭りの情景な訳だが、南米を中心に外国人の参加するブースがいくつも並ぶ。
千里ヶ丘団地には9つの自治会が存在しおよそ2200世帯中150世帯が外国人家庭。
全国3番目に高いの外国人人口比率を持つ三重を象徴する地域だ。
 しかしここまで来るのは容易ではなかったと自治会長の一人は言う。
 ゴミ出しの問題や夜間の騒音など生活環境や価値観の違いが生み出す外国人居住社と地元日本人との摩擦は今に始まった問題ではない。また新規移民と既存の住民との間のトラブルは日本に限った話でもない。しかしこれをうまく解決している地域の例はあまり多くないかもしれない。
ここ千里ヶ丘の一戸建て団地に住む日本人達の平均年齢は結構高く、子供達はすでに自立し時折孫が帰ってくるのを心待ちにする世代の人達が多いらしい。この周辺で以前に行っていた盆踊りなどの夏祭りの企画は随分前に収束し淘汰してしまったらしい。積極的に運営していく人達も参加する人達も年配になり”疲れた”のかもしれない。
一方でこの地域の一角にある公営団地に移住してきた外国人達は当然主要労働人口世代、働き盛り。彼らのエネルギーと地域を活性化させたい人達との思いがうまく相互利益を見いだしたように思える。
共生の先にある共栄が形作られようとしている。

ここ津には独特の排他性とそれに伴う拒絶が存在する。日本人同士においてですら”よそもの”扱いされる社会がまだ存在する中しゃべる言葉がわからない人達に対して、”共通項”を見いだしていく発想がなかなか生まれてこない。共生とか国際交流といった事になれた人間にとっては何もさして目新しいことではない事なのだが、これを大衆化する作業、特に心かたくなな人達の発想の転換を促す事は容易ではない。それと同時に言葉だけでは伝わらない。実感を伴う必要がある。
同じ人間、同じように家族を養い、子供を愛し、故郷を懐かしくも思えば、未来を築きたいと額に汗をもする。共に笑い、共に歌い、共に踊る事でそんな当たり前の事を体験する場をこれから作っていきたい。